予約の無断キャンセル、理不尽なクレーマーなど、
お客との数々のトラブルを解決してきた 〝飲食店専門弁護士〟が実例をもとに解決策を
レクチャーする連載コラム「あなた、『ドタキャン』されましたよね。」の、筆者の石﨑弁護士にお話を伺いました。
石﨑冬貴(Fuyuki Ishizaki)
1984年生まれ。東京都出身。神奈川県弁護士会所属。東京弁護士会食品安全関係法部会所属。一般社団法人フードビジネスロイヤーズ協会代表理事。日本料飲外国人雇用協会理事。賃貸借契約から、労務問題、風評被害、漏水まで、飲食店の法務を専門的に取り扱う弁護士の第一人者。著書に「なぜ、飲食店は一年でつぶれるのか?」等がある。
「飲食業」を専門分野に選んだのは、何がきっかけだったのですか?
いくつかの理由があります。1つは、司法制度改革の影響です。私は2011年に弁護士登録したのですが、その頃、弁護士が急増し、司法試験を通っても働き口がないと言われていました。そんな厳しい状況の中、生き残るためには何か専門分野を持たなければと考えたのです。当時、業種に特化した企業法務を専門にする弁護士は、ほぼいませんでした。 そこで、ネットで色んな業種を検索してみると「IT/弁護士」「医療/弁護士」は出てきても、「飲食/弁護士」は全くない。世の中にはこんなにたくさん飲食店があり、大きなマーケットなのにどうして?と疑問に思ったことが飲食店専門弁護士を名乗るきっかけになりました。
その他の理由も教えてください。
もう1つは、祖父が食に関わる仕事で苦労していたからです。浅草で米屋を営んでいたのですが、うまくいかずにつらい想いをしていたと聞いて、そういう人たちの力になりたいと思うようになりました。 さらに、これが一番の理由と言えるかもしれませんが、弁護士という仕事そのものに対するジレンマです。誰かに損害があり、依頼を受け、相手に請求をすることで成り立つ仕事なので、大きな損害であればあるほど報酬を多く得られます。当たり前のことですが、裁判で私が勝ったら相手は負ける、相手が勝てば私が負ける。要はみんながハッピーになることはあり得ない仕事なのです。「人の業で飯を食う」じゃないですが、弁護士とは本来、誰かの不幸を前提としたビジネスなのです。 その点、飲食の仕事はいいですよね。お店のオーナーもそこで働く人たちも関わっている業者さんも、みんな1つの目的に向かっている。お客様の「ありがとう」「美味しかったよ」を目指してみんなで動いて、全員がハッピーになれる。そんな飲食店を間接的に支援することで、多くの人をよりハッピーにしていきたいと考えたのです。
「専門」を名乗るには分野の知識が必要になると思いますが、飲食の経験はあったのですか?
学生時代に焼肉店でアルバイトをしていたくらいです。ただ、飲食店専門で大事なのは逆に専門性をなくすこと。例えば、メーカーなら知的財産の知識、医療なら医学的な知識が必要になってくるでしょう。ところが、飲食には「これだけは押さえておかなければできない」というものがほとんどありません。日常に起こりうる案件が多いのが最大の特徴です。口コミサイトへのカキコミによる風評被害、漏水被害、器物破損など、とにかく現場色がとても強いのです。たまたま昨日も、担当顧客から「酔っ払った客にテレビを壊されました」という電話を受けました。宴会シーズンになると、窓を割られたなんて相談もしょっちゅうですね。
様々な案件を手がけてきた中でも、とくに印象に残っているケースを教えてください。
ストーカー問題を解決したことですかね。ある喫茶店の常連客が若い女性店員に好感を抱き、だんだん「彼氏いるの?」「どこに住んでいるの?」などと彼女のプライベートにまで立ち入ってくるようになったのです。恐怖に感じた店員から相談を受けた店側がシフトを変えると、「なんでいないんだ!いないわけないだろう!」と。それでも毎日通ってくる。ついには、「店先で売っているお菓子には気をつけろよ…」と毒物でも入れかねないようなことを言い出して、急遽対策を迫られました。 そこで、「同じような行為を繰り返せば警察に通報する」という内容の書類を準備、来店を待ち伏せ、お店側の数名とともに取り囲み直接手渡したところ、その客は二度と来なくなりました。追い詰められていた女性店員も辞めずに済み、とても感謝されました。
クレーマーに対応するためのポイントはありますか?
第一に、全く心当たりがなくてもまずは「申し訳ありませんでした」と謝ることです。周りから見ればクレーマーかもしれませんが、その人は本気で怒っているのですから、まずは熱を冷ますことが大事。最初にしっかりと謝っているかどうかで、その後の展開が変わってきます。 次に、事実確認です。その人が「何に怒っているのか」「何を求めているのか」をはっきりさせなければなりません。ただ、質問しても答えてくれないケースが多いんですよね。ですから、「こういう場合はこうする」とお店ごとに決めておくことが大切。典型的なクレームに対して、店としてどこまで対応するのかというルールを作っておくのです。 あと大事なのは、その場しのぎの返事をしないこと。クレーマー客のプレッシャーに負けて、「何とかします」などと、つい答えてしまわないよう気をつけてください。「何とかするって何をどうするんだ!」「できもしないくせに言うんじゃない!」と火に油を注いでしまいます。
今日は石﨑弁護士のお店で取材ですが、どうして飲食店経営を始めようと思ったのですか?
飲食店経営者の悩みを肌感覚で分かりたいと思ったからです。弁護士の仕事が落ち着いたとき、ちょうど良い物件が見つかり、昨年12月にオープンしました。もちろん、業界の皆さんからすると甘いと感じられるかもしれませんが、今回の新型コロナ騒動ですっかり荒波に飲まれています(苦笑)。いきなり飲食店経営の難しさを味わうことになりました。
飲食店を開業して、次は何を目指しますか?今後のビジョンを教えてください。
まじめな話をすれば、「飲食と法律」「飲食と弁護士」との距離を近づけるのが私の最大のミッションだと思っています。飲食業界では、弁護士といえば敷居が高い、動きが遅いといった“高い・遅い”のイメージを持たれがちですが、1年かけて1億円を請求するような裁判なんて滅多にありません。まさに今、「クレーマー客ともめているんです!」と電話してもらって、すぐに手当てをすれば解決する問題がほとんど。例えば「水漏れ」の問題なども2週間も経てば店がつぶれてしまうかもしれないので、問題の大小にかかわらずスピード感を持って対応しています。実際、私のお客様には1店舗のラーメン店オーナーもいらっしゃいます。飲食業の皆さんから見る弁護士のイメージを、同じ志を持った仲間へと変えていきたいんです。 そのためには、弁護士側から「私たちはこんなことができます」と情報発信をすることが大切。ある程度のスケールがないと発信力が弱いので、今、ネットワークづくりを進めています。昨年、一般社団法人フードビジネスロイヤーズ協会を設立しました。飲食店のトラブルは地域性もあるので、全国津々浦々にこのネットワークを広げていきたいですね。
最後に、連載に向けて読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
飲食店の日々の悩みを通して、お店のオーナーもそこで働く人たちも、みんながハッピーになるような情報を提供していきたいと考えています。もし何かお困りのことがあれば気軽にお問合せくださいね!この連載のネタになるかもしれませんけど(笑)宜しくお願いします!
文:西田 知子 写真:ボクダ 茂