バールマンが働く景色を 当たり前にしたい クチヅケ・イル・バール 代表・バールマン 中村 祥さん(36才) |
神戸・三宮の駅から山手に向かって歩くこと数分。異人館の個性的な建物たちが見えてきた頃、路地を一本入ったところで迎えてくれるのが、“バールマン”中村祥さんのお店「クチヅケ・イル・バール」だ。
中村さんが飲食業に携わり始めたのは15才のとき。以来、ジャンルを問わずさまざまなお店で働いてきた。漠然としながらも「いつかは自分の店を」という思いもあり、そのときに役立つだろうという考えから、調理もサービスも店舗マネジメントも、あらゆる仕事に取り組んできた。その中でも、比較的多くの経験を積んだのがイタリア料理店とカフェバー。また、ダイニングバーがブームになっていたこともあり、10代の頃から、「やるとしたら、バーがいいかも」という思いを持っていた。とはいえ、それらはまだ明確な目標というわけではなかった。それが大きく変わったのは、27才のとき。イタリアへ旅行したことがきっかけだった。
「空港を降りて目的地へ向かう高速道路の途中で、バールに立ち寄ったときのことです。そこで働く年配のバールマンの姿が、とにかくかっこよかった。そして、お客さんの姿もまたかっこよかった。ふらっと立ち寄ってエスプレッソを飲み干してすぐに出ていったり、ゆっくりワインを飲みながらおしゃべりしていたり。みんな、思い思いにバールを利用しているのです。その後に何軒もバールには立ち寄ったのですが、どこもみな同じように魅力的でした。『これが本場のバールなんだ』と衝撃を受けると同時に、『自分がやりたいのはこれだ!』と、目標がはっきりしました。」
当時、バールは日本にも紹介され、人気を集めていた。中村さん自身も、「かっこいい店内でかっこいい音楽が流れ、かっこいいスタッフが働いている店」という認識とあこがれを持っていた。しかし、イタリアで出会ったバールは、その認識のさらに上をいくかっこよさだったという。
「バールが日常に溶け込んでいるんです。いろんな目的でやって来るお客さんが混じり合い、独特の活気を生み出している。まさに文化なのでしょう。見た目のかっこよさだけでなく、その根っこにある部分にほれぼれとしました。」
帰国した中村さんは、早速、「本格的なバール」として評判を集めていた店に転職し、修行を積む。その後もいくつかのお店でスキルアップした後に、満を持して「クチヅケ・イル・バール」をオープンした。
ところで、先ほどから何度か登場している“バールマン”という言葉。これは中村さん自身がこだわる職業の名称だ。エスプレッソやコーヒーの専門家としてはバリスタが有名だ。バールでも、もちろんバリスタが活躍している。対するバールマンは、バリスタの役割もこなすことができ、さらに料理やワインなど、バールで扱う品すべてに精通した「バールの専門家」のこと。イタリアではしっかりと認知された職業であり、養成のための学校もあるという。
「クチヅケ・イル・バールは、こだわりのエスプレッソはもちろんのこと、ワインもしっかりと目利きした品を扱っています。また、パスタなどの食事を楽しんでもらうことも可能。『何屋さんですか?』と聞かれると悩ましいのですが、逆に、『これがバールです』と答えたいです。どんなシーンにも対応でき、どんな品も上質。それこそがバールで、そこで活躍するプロフェッショナルがバールマンです。僕は、そういうお店をつくり、そういう人でありたいです。」
かつてイタリア料理やドルチェが日本で紹介された頃、それらはきっと、“スペシャル”なものだったと中村さんは考えている。そして、先輩たちがスペシャルなものを発信し続けてくれたからこそ、今ではイタリア料理もドルチェも“スタンダード”になったのだ。
「同じように、バールやバールマンをスタンダードにしたい。それが僕の夢です。クチヅケ・イル・バールは、そのための情報の発信源でもありたいです。」
2018.12.13更新 取材・文/ウィルベリーズ
【取材したお店】
Cucizucche il bar(クチヅケ・イル・バール)
電話/078-242-3883
住所/神戸市中央区山本通2-2-7 グランディア北野山本通103
営業/18:00~翌2:00
定休日/水曜日
交通/各線「三宮駅」から徒歩10分