1杯目は直球、2杯目は変化球 冴えわたる日本酒提案力 Bar Ushio 店主/日本酒DJ 紺谷 研さん(36才) |
きっかけはトム・クルーズ主演の映画「カクテル」。バーテンダーに憧れた20才の紺谷さんは、飲食の世界へ飛び込んだ。バーでの仕事を皮切りに、レストランの接客などに従事。24才の頃には独立を思い描くようになった。
「ちょうどその頃、勤務先のオーナーが『独立したいのであれば出資するよ』と言って下さったんです。さっそく物件を探し、家賃を想定して利益を計算してみるのですが、まったくビジョンが湧かない。いざとなると不安しか出てこなかったんです。」結果、この話は断念。もっと勉強し、職責ある立場を経て準備しなければと考え、勤務先で店長まで上り詰めて多くの経験を積んだ。
しかし紺谷さんは27才で一旦この世界を離れる。30才までの間はまったく飲食とは関係のない営業職に就く。「職責のある立場に疲れてしまって…会社員時代の営業成績は鳴かず飛ばずでしたが、いい意味でリラックスすることができました。この3年間はバンド活動などいろんなことをやって、多くの人に出会いました。」 実はボーカリストでもある紺谷さん。インディーズではあるが大手CDショップで全国流通の音源をリリースした実力派だ。
完全に飲食店とのつながりを絶ったわけではなかった。空いた時間を見つけ、カフェやバーなどでアルバイト。自由で責任もない生活を謳歌する一方で、心の中では独立への夢がまだくすぶっていた。「このまま年を重ねていった時に、ああ、若い時に挑戦しておけば良かったと後悔するのが嫌だったんです。30才までに店をやらないと、一生やらないのではないか。人生は一度きり、失敗してもこの年ならなんとかなる。自分を試してみたいと思いました。」
31才で独立。当初は「特にウリもなく、芯のしっかりしていない普通のバー」だったと振り返る。お客様は同業者や友人たちばかり。売上は伸びず、3ヶ月経つ頃には「やばいな」と感じ始めていた。当時、結婚して子供も産まれたばかり。「家族を食べさせていかないと…」その気持ちが、真剣さに火を点けた。「世の中で流行っているものは何か?と調べ、日本酒にたどり着きました。興味があったので、最初に10本ほどの銘柄を揃えたところ、少しずつお客様が増え始めたんです。」
ところが、である。すぐ近所に20年来親しまれている日本酒専門のバーがあることが判明。「そこのお客様が訪ねてきて『全然日本酒のこと知らんな!』とボロクソに言われました(笑)。何くそ!と思い勉強を始めたんです。」当時は“無濾過原酒(むろかげんしゅ)”と言われても、何のことだかわからない。必死で本を読み、酒屋から知識を得て、酒蔵にも出向いた。毎晩不安で眠れない中、本質を追求しようという一途な思いだけが紺谷さんを突き動かした。
同時に、知識を深めるほどにますます日本酒の奥深さに魅かれていく。「日本酒は世界中にあるお酒の中でも一番、幅広い味わいを持っています。深い歴史を持つ一方で、現在も進化し続けている。たとえば原酒と言えば以前はアルコール度数が18度ほどと高いものが普通。しかし今では8度くらいのものも生まれています」と、製法や伝統、何を尋ねても答えてくれる。当初は「全然知らんな!」と言っていた日本酒ツウのお客様も次第に認めてくれるようになり、今では良い関係を築けているそう。
揃える銘柄は80種類に上るが、決して品揃えだけを誇る店ではない。「オススメは?」と尋ねられたら、まずはその人の好みを聞く。そして1杯目はストレートど真ん中を。2杯目にやや変化球を提案する。「お酒が“売れる”という感覚は捨てる。“この方にはこれを売る”という感覚が、商売の魅力。人間にしかできない仕事です」と、紺谷さんの言葉一つで、日本酒がさらに美味しくなる。
昨今は世界中から日本酒が注目されており、将来的には「海外出店にも興味がある」と話す紺谷さん。「酒サムライ」という日本文化と日本酒の素晴らしさを国内外に広めることを目的とした会があるそうで、そのメンバーに名を連ねることも目標の一つだ。「自由に仕事ができて、責任も重い」…10年前とはまったく異なる土俵に立ち、クリエイティブに働く紺谷さんの“今”は、確実に輝きを増している。
2018.6.14更新 取材・文/太田 裕子
【取材したお店】
Bar Ushio
電話/078-322-2114
住所/神戸市中央区北長狭通2-10-6 ミルベールビル3F
営業/18:00~midnight
定休日/不定休
交通/各線「三宮駅」徒歩3分