同じ暖簾の下で独立、移転 19年続く美食の隠れ家 くいもん家K’s 店主 渓崎 幸二さん(48才) |
食堂を営む両親の姿を見て育ち、高校卒業後はビアホールの厨房に勤務。その後もダイニングやバーなどで働くが、一旦は飲食業を離れ建築関係の仕事に従事していた渓崎さん。「『くいもん家K’s』を立ち上げるので店長になってほしいという話を頂いたのは、ちょうどその頃。もし声がかからなければ、建築の仕事をあと5年くらいやってから飲食店で独立するつもりでいました。」
当初の立地は鶴橋駅の近く。内装工事から自分たちで手掛けていたところ、通りすがりのご近所さんたちから思わぬ言葉をかけられた。「何をやってもアカン場所。今まで何軒もの店が潰れてる」…そう聞いたからこそ、逆に火が点いた。「絶対、繁盛店にする!」と決意を固め、お客様が楽しめる店作りを必死で模索。気が付けば21席の店で150種類のメニューを展開し、オープン1年後には「よう頑張ったな!」と近所の方が認めてくれた。
洋食の経験はあったが、和食と中華料理は独学で勉強。人気店を食べ歩くかたわら、仕入れ先で出会った料理人たちと仲良くなり、魚の扱い方や出汁の取り方を教えてもらった。「師匠と呼べる方はたくさんいます。皆、本当に親切に教えて下さいました。今でもお付き合いさせて頂いていますし、お客様を紹介する機会も多いんですよ。」渓崎さんの人柄を物語るエピソードである。
やがて店舗の経営を引き継いで独立。その頃にはすっかり魚料理の虜になっていた渓崎さん。しかし乗換駅という場所柄、若いお客様が多く本格的な料理がまったく売れない。2011年に現在の場所に移転すると同時に、当時の常連客の8割近くは離れてしまったという。「場所が便利だっただけで、料理はあまり関係なかったんだなと痛感し、いちからのスタートを覚悟しました。」
なかなか新規のお客様が来店せず、移転を後悔した時期もある。しかし、徐々に地元の方がリピートしてくれるようになる。年令層も上がり、今や魚料理は店の主流。「日替わりを中心に、70~80種類用意しています。ハヤシライスなど洋食メニューを出すこともありますし、居酒屋料理も揃えています。大通りから一本入った立地ですから、魅力がないと誰も来てくれません。毎日アイデアを考えています。」
取材時は定休日であったが、何度も予約の電話が入る。カウンターと座敷、全30席が埋まることも多い。「一人で料理をしているので、正直体力的に辛いなぁという時もあります。もうすぐ50才ですし、来年の20周年を節目に、10坪くらいの小さい店に移転しようかなとも考えています。」店を継続することは本当に難しい…そう実感する一方で、「やっぱ好きなんやな、料理」と渓崎さんはつぶやいた。
和食修行を積んでいないことに、今でもコンプレックスがある。お客様から「美味しい」と言われても、「ほんまかな?」と素直に喜べないこともあった。「友人で中華料理から和食に転職し、ミシュランガイドに載った方がいるんですが、彼が『美味しいって言われたら、ありがとうございます!でいいんちゃう?』って言ってくれたんですよ。それから気持ちが楽になりました」と笑う。
今でも知人に料理を教えてもらうことは多い。お客様から褒められたら、素直に「あのお店からパクッてきました!ぜひ一度行ってみて下さい」と勧める。そこから良い循環が生まれ、飲食業界全体が盛り上がっていけばいいと考えている。一方、ここで修行を積んだ若い料理人たちも数名、独立して活躍している。その姿は間違いなく渓崎さんの刺激になっているという。一つの店が誕生し、長く続くことで他のお店も賑わっていく。そんな温かいストーリーがここにある。
2018.3.8更新 取材・文/太田 裕子
【取材したお店】
くいもん家K’s
電話/06-6764-6969
住所/大阪市中央区玉造1-6-27
営業/17:00~翌0:00(L.O.23:00)
定休日/月曜日
交通/地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」3番出口徒歩2分、JR環状線「玉造駅」徒歩4分