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最終更新日 2018年12月13日

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株式会社 Mevius Food Navigation

代表取締役CEO 大屋 謙司

いい店づくりから、いい町づくりへ どんなときでも全力を尽くすのが使命

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大屋 謙司
- Kenji Oya -

1964年、東京都生まれ。創業100有余年続く、市場の飲食店の3代目。両親が2代目として築地市場で飲食店を経営。本人も高校卒業後、店を継ぐことを決心して「築地 海鮮丼 大江戸」で経験を積みながら3代目に就任。以後、築地市場の人気店として名を馳せるが、2018年10月、豊洲移転に伴い、「和食かとう」を「粋のや」と改名。

2018年10月掲載

漫画家になるか、家を継ぐか...高校卒業で人生の分岐点に立つ

 築地で生まれ、築地で育った生粋の江戸っ子...と自らを表現する、メビウスフードナビゲーションの代表取締役CEO、大屋氏。フード(飲食業界)という舞台で、メビウスの輪のように裏表なく無限大に続くワクワクと元気と笑顔をお客様にナビゲートする、そんな企業理念を社名にした大屋氏は、祖父母の代から続く市場の飲食店の3代目として、今でも現場に立ちながら、経営者としての手腕をふるっている。

「創業者にあたる祖父の時代、魚市場は日本橋にあったんです。でも関東大震災のあと、京橋の青果市場と共に市場が築地に移転、我々の家族もそれと同時に築地に移ってきました。今の豊洲移転と同じように、当時もすったもんだがあったみたいですが、あの頃は自分たちでお店をやるなら勝手にやりなさい...という流れだったので、日本橋のときの仲間に両親も加わって、築地市場でも食堂を開いたんです」

 生まれたときから両親が市場で働いているという環境で育った大屋氏は、小学生時代からお店の手伝いをしていたという。高校に入り、父親が他界してからは3人兄弟が交代で朝、学校に行く前にお店の準備も行なっていた。

「調理場もホールもお会計も一通り経験していました。でも、お店を継ぐことは、末っ子の私はもちろんのこと、ふたりの兄も全く考えていませんでした。むしろ、私は高校生のとき漫画家になりたかったぐらいで(笑)」

 そして高校を卒業した大屋氏は、漫画を続けるか、はたまた大学に行って理数系の勉強をするか迷っていた。そんな矢先、まさかの交通事故に巻き込まれてしまう。

「オートバイに乗って築地のお店に行こうとしている途中で、ダンプカーがいきなり横切ってきて、バイクごと歩道に突っ込んで入院することになったんです。それで当時付き合っていた彼女が、このまま漫画を続けるなら結婚はできない...みたいなことを言ってきて、だったら漫画は趣味にして生活の基盤をすぐにつくるために店を継ごう! と決めたんです。申し訳ないくらいに軽い気持ちでした(笑)」

 軽い気持ちでスタートしたものの、大屋氏には心の中で決めていたことがある。それは「逃げないこと」。その言葉どおり、彼は「築地 海鮮丼 大江戸」で働き、会社を家業から企業へと盛り上げていく。

家業を企業に変えるために必要なシステムとマニュアルを強化

 高校卒業後の時点で、お店での経験値はすでにあった大屋氏だが、入社当時はまだ半分、心のどこかに「継ぎたくない」という気持ちがあった。そのため、彼がまずしたことは...。

「自分のことをマネージメントするために、余計なことを考えるヒマをつくらないようにしました。21才の時点で、いろいろな権限が母親から移譲されて、23才になったときには組合にもでていましたし、アルバイトさんの面接もしていました。そこで役立ったのは、コンビニでのバイト経験でした」

 若くして店長になった大屋氏には、やらなくてはいけないことがたくさんあった。だからこそ、たくさんの失敗があり、お客様を怒らせることも日常茶飯事だった...と、当時を思い出して大屋氏は笑って話を続ける。

「失敗の数は誰にも負けないんじゃないかな(笑)。お客さんにコップを投げつけられたこともありましたよ。なんせ20代前半の若者ってはじけていますから、態度も言葉も悪い悪い(笑)。でも、だからといって母親に怒られることはありませんでした」

 息子に店をまかせた母親が言った言葉はたったひとつ。「この店を潰すも潰さないもお前次第だから」。この言葉のおかげで、大屋氏は思う存分失敗を経験し、家業を企業にするための仕組みづくりにも没頭できた。

「母親が仕切っていたときは、見て覚えろの時代。だけど、社員を成長させるためにはそれじゃダメなんです。きちんと店舗理念や行動指針やルールをつくらないといけない。そういうシステムがあるからこそ、社員が早く育って成長する。社員が成長すれば、会社も成長して潰れにくくなる。これが私の根本にある考えです」

 システムやマニュアルやルールこそが、メビウスフードナビゲーションを成長させる最高の道具なのだ。(有)大屋が(株)メビウスフードナビゲーションになったのは今から約5年前。常にブラッシュアップし続けるこの会社は今年、大きな変化を迎える。それこそが豊洲移転である。しかし大屋氏には不安のかけらなどは一切ない。

大屋 謙司さん

築地から豊洲へと、市場が移転
やるべきことはいい店づくりのみ

 大屋氏が常に心がけていることは、もっと素敵なお店になってお客様がハッピーになること。そして、働くスタッフも同時にハッピーになること。それを実現するために彼は、今でもお店に立つことが度々ある。

「サービス業のヒントの80%は、現場にしかないんです。うちの会社はまだ店舗数も少ないし、社長の私が動くことができる。それなら自ら現場でスタッフと一緒になって汗をかいて働いて、その中でお客様やスタッフの声を直に聞くのが早い。その場で私が判断してスピーディーにいろんな提案ができるし、変えるべきことは変えられる。実は、築地市場で一番はじめに並んでいる人に日傘のサービスをはじめたのはうちのお店なんです。ひとりのスタッフが言った『待っている人が暑そうだから、日傘でもあればいいのに』という言葉にすぐに反応して、日傘を注文して、次の日からは使えるようにしていました。それこそが会社の正しい姿だとは思いませんか?」

 気が付いたらすぐに行動。その行動こそが、お客様のハッピーにつながると大屋氏は言う。

「私が店に立つことで、お客様の様子もすぐに分かるし、スタッフのモチベーションのチェックもできるわけです。店は会社の末端ではなく、最先端です。私はもちろん、働くもの全員で最先端を見て、守らないといけない」

 この取材が行われたのは9月あたま。豊洲移転まで約1ヶ月となった今、大屋氏が考えていることとは。

「市場と共に育った私としては、場所がどこであろうと、市場の中でよりよい店づくりをするだけ。豊洲は不便な場所かもしれないけど、うちがいいお店をつくれば、そこを目指してやってきてくれるお客様は必ずいる。そうすれば豊洲市場自体が盛り上がるために少しは役立てますからね。市場がどこに移転しようとそこに根付いて、お客様が喜んでくれる料理とサービスを提供するだけです。いろんな考えの人がいるとは思いますが、私の場合、豊洲移転の話を聞いた時、思わずワクワクしてしまいました(笑)」

 どんなときもワクワクを忘れない大屋氏にとって豊洲移転の話は、新しいワクワクを生み出すひとつのツールにすぎないのかも知れない。

349shop.jpg【取材店舗】築地 海鮮丼 大江戸

株式会社 Mevius Food Navigation
─ 店舗情報 ─

築地 海鮮丼 大江戸

住 所:東京都江東区豊洲6-5-1豊洲市場 水産仲卸売場棟3階

電 話:03-6633-8012

魚がし料理 粋のや

住 所:東京都江東区豊洲6-5-1 豊洲市場 水産仲卸売場棟3階

電 話:03-6633-8011

現在、2店舗展開中

文:安藤 陽子 写真:yama

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