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株式会社 かどや
取締役 東京事業部長 兼 「かどや霞邸」店長 友近 圭介
お客様と気持ちがつながる瞬間に 飲食の仕事の醍醐味があります。
友近 圭介 – Keisuke Tomochika –
1969年、愛媛県生まれ。IT関連企業でSEとして6年間勤務する。27才のときに方向展開し、大手外食企業に転職。30才で松山にUターンし、独立を志すも資金面で立ち行かなくなり、㈱かどやに企画を持ち込んだのを機に入社。現在、取締役を務めるとともに東京事業部長、「かどや霞邸」店長を兼任し、東京エリアにおける展開を一任されている。
豊かな自然の恵みに育まれた愛媛・宇和島の味と文化を広める
愛媛・宇和島は海と山に囲まれた城下町。伊達政宗の長子・秀宗が宇和島藩を創業し、雅な文化が栄えた。多彩な食文化もその1つ。自然の恵みに育まれた郷土料理が受け継がれてきた。
郷土の味と文化を広めようと、かどやが東京進出を果たして早5年。一昨年には、虎ノ門に2号店もオープン。いよいよのスピード感をもって、都内での出店を進めている。取締役が東京事業部長として拡大路線をがっちりと支え、さらには「かどや霞邸」店長をも兼任し、現場で陣頭指揮をとる。実は、その取締役・友近氏こそが東京出店の足がかりを築いてきた。
地元・愛媛の出身で、SEからの転職という異色の経歴の持ち主。人と触れ合う仕事を志し、飲食の道へ。大手外食チェーンで経験を積み、30才で松山にUターンしたところから、”かどや第二次創業期”へとつながるストーリーは紡がれていく。
「あるビール会社からお誘いをいただいたのがきっかけです。ビアホールを立ち上げ、地元で評判の店を作りあげることができました。契約の期間が切れ、次は独立だと宣言すると、スタッフがついてきてくれました。物件探しには苦労しましたが、不思議なご縁があり、何とか契約に漕ぎ着けました。ところが、融資をなかなか受けられません。初めてにしてはかなりの冒険になる大箱の店です。自分の背中を押そうと、見切り発車的に契約してしまっていたのです。ここであきらめれば、ゼロどころかマイナスになる。ついてきてくれた皆のためにも、何とか立ち上げる方法はないかと模索しました」
そこで、友近氏は破談になりかけた店の企画書を手に宇和島へ向かう。かどや本社に、その企画を持ち込んだ。
「常務にプレゼンしたのですが、手応えがなく半ばあきらめていると、『もう一度話を聞かせてくれないか』と電話をいただき、今度は専務にプレゼン。その翌日、三度目のプレゼンを社長に行い、出資していただけることになりました。昨日今日、会ったばかりの人間に投資をしていただくのです。まず、私自身が真剣に取り組まなければと考えました」
店舗立ち上げのため、かどやに入社。着実に軌道に乗せて、「えん家」は人気店に成長していく。のみならず、市内3店舗にまで拡大した。
ゆかりの地に第1号店を構えて8ヶ月で予約が取れない店に成長
入社した当初より、友近氏には実現したいもう1つの構想があった。東京進出─それはかどやにとっても飛躍のための欠かせないファクターだった。
「社長から『いつか東京に店を出したい』という話もうかがっていました。東京出店をお手伝いしたい、3年後くらいかと考えてジリジリしていたのですが、リーマンショックや震災が起こったり」
ようやく出店が決まり、物件を本格的に探し始めたのが2012年。そこから、また1年半の月日を要した。
「銀座、日本橋、六本木あたりを歩いて回りました。地元と比べると家賃が10倍です。リスクを抑えるためにもなるべく安いところを探して、出会ったのが霞町でした。六本木からここまで人を呼べるだろうかという不安はありましたが、家賃も比較的高くないし、何となく波長が合うなと感じました」
ここならいけるという確かな手応えをつかんで、2013年春、その街の名を店名に織り込んだ「かどや霞邸」をオープン。県知事をはじめ愛媛ゆかりの人々のバックアップもあり、華々しいスタートだった。ところが、たちまち客足が途絶えてしまう。
「何としてでも成功させますと社長にタンカを切っているのに、どうしようと思いました。特別なことはしていません。ただお客様に気に入っていただける接客を心がけ、名刺交換をし、手書きの礼状を送るという繰り返しでした。そうして1ヶ月、2ヶ月と過ぎていき、7ヶ月位かかったでしょうか。8ヶ月目でいきなり爆発しました。あれよあれよという間にお客様が増え、予約でいっぱいになっていました」
一時は、ここで本当に良かったのかと思い悩むこともあったという。その土地には思いもよらない歴史が存在していた。縁に招き寄せられたのかもしれないと、友近氏は振り返る。
「伊達家の18代目当主の方はご健在で店を応援していただいているのですが、最初にご来店されて『なぜここを選んだの?』とたずねられました。『なかなか見つからなくて、寂しい場所ですよね』と答えると、『いやいや、霞町は伊達家ゆかりの地なんだよ』と話され、驚きました。国立新美術館は伊達家の下屋敷のあったところ。このあたりを宇和島藩が参勤交代で行き来していたはずです。そういう話を聞くと、何が何でもがんばって店を守り抜こうという想いになりますよね。縁が重なって、今があるんです」
3号店をはじめ店舗展開が加速中
海外で活躍できるチャンスも
オープンから5年目を迎えた今も、「お客様に気に入っていただける接客を」という友近氏の姿勢は変わらない。名刺交換した方には、必ず手書きの礼状を送り続けている。
「5年目にもなれば、お客様も役職が上がっています。『名刺が変わったよ』と、節目節目にいらしてくださる。中には、名だたる企業の社長になられた方もいらっしゃいます。第一線で戦ってこられた方の最高のお祝いの席として選んでいただける。こんなうれしいことはありません。お客様と気持ちがつながる瞬間です」
この仕事の一番の醍醐味を味わえるのは、現場にいればこそ。今日もスタッフ1人ひとりと向き合いながら、場を盛り立ててリードする。
「声をかけると、返ってくる言葉のトーンや声で体調や気分がわかります。誰でも調子の良いとき悪いときがあるので、そこをうまく持っていき、空気をつくるようにしています。日々考え抜いた献立があり、それを提供するためのサービスがあり、メニューを手づくりするなどの準備もある。それらもすべてお客様と気持ちをつなげるため。これからも、人とのつながりを大切にした店づくりをしたいですね」
一方、店舗展開はさらに加速。都内3号店の出店をはじめ海外進出も視野に入れ、候補地が絞られてきている。そのためにも人材の確保が急務となるが、海外で活躍できる可能性が広がるのは魅力的な環境と言えるだろう。店づくりとともに、働きやすい職場環境づくりも友近氏の重要なミッションの1つ。メッセージからは歴史ある会社ならではの”安心”が伝わってきた。
「若い人は若い人なりに力を存分に発揮してもらい、家庭を持ったり、子どもが生まれてからも安定して働き続けられる職場環境にしたいですね。当社は創業65年。毎年、定年退職者も出していて、そういう過程の大切さをよく理解している会社です。私たちはそのケアができると思っています」
【取材店舗】かどや 霞邸
株式会社 かどや
─ 店舗情報 ─
かどや 駅前本店
愛媛県宇和島市錦町8-1
電話:0895-22-1543
とんかつ 味奈味
愛媛県宇和島市丸之内3-3-10
電話:0895-25-3373
えん家
愛媛県松山市二番町1-11-8
電話:089-931-0007
かどや半兵衛
愛媛県松山市朝生田町5-3-11
電話:089-998-2188
かどや 霞邸
東京都港区西麻布1-5-18
電話:03-6447-2100
かどや 虎ノ門
東京都港区西新橋2-13-2
電話:03-5501-0036
現在15店舗展開中
文:西田 知子 写真:小野 順平
2017年11月16日 掲載
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