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株式会社 スティルフーズ

代表取締役 鈴木 成和

形にする喜びを追求しながら飲食店経営の勘を磨いていく

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鈴木 成和 – Shigekazu Suzuki –

1952年生まれ、千葉県出身。慶應義塾大学卒業後、ホテルに就職し、自ら志願し調理場で裏方として働く一方、セールスマーケティングなどに従事。その後不動産会社に就職。1995年、株式会社 スティルフーズを設立。現在は、レストラン、ピザレストラン、カフェなどの店舗を日本全国に展開し、またコンサルティング業務も手掛けている。

夢だった飲食の世界での仕事 第一歩はホテルマンの仕事だった

 (株)スティルフーズは、1995年の創業以来、六本木の「37 Steakhouse & Bar」など、日本全国にレストランやカフェなど24店舗を展開している。

 同社の代表取締役の鈴木 成和氏は、千葉県の木更津にある、百年続く割烹旅館の次男として生まれた。

「だからというわけじゃないんですが、若い頃から、将来は飲食の世界で働きたいと思っていました。旅館は兄が継ぐだろうから、私は私で何かやりたいなと。ただ、当時飲食店を経営する人は、親から継いだ場合がほとんど。自分で店を持つことは、とても難しい時代でした。だから大学卒業後、僕はホテルに就職しました。飲食の世界に、一番近いと感じたからです」

 長くホテルマンとして働いたが、あるとき勤めていたホテルの経営体制が変わり、ホテル名も変更された。当時セールスマーケティングを任されていた鈴木氏は、海外の著名人に宿泊先を提供することで、新しいホテルの知名度を上げるというPR方法を考えた。

「レコード会社やプロモーターなどに営業して、海外著名人に泊まってもらいました。そのなかでもっとも有名なのは、マイケル・ジャクソンです。彼が『ディズニーランドに行きたい』と言ったときは、すぐさま施設に連絡し、貸し切りにしてもらえるよう手配しました。それがきっかけでマイケルは来日すると必ずホテルを使ってくれましたし、僕のことも仲間として認めてくれて…彼のロスの事務所に遊びに行ったこともありますよ」

 鈴木氏はホテルマンとして、仕事にやりがいも感じていた。しかし、飲食店に携わるという夢には近づけずにいた。そんなとき、ホテルやレストランの経営を展開する不動産会社から、「子会社の社長に就任してほしい」とオファーを受ける。

「ホテルマンよりも一歩進んだ形で飲食店に携われると思い、オファーを受けたんです。ところがまもなくバブルがはじけて、会社自体が傾き、それどころではなくなってしまった。僕はいよいよ、自分で店をやるしかないと思いました」

「ばかじゃないの」と笑われるも 逆手にとったPRで奇跡の成功に

 鈴木氏が最初にお店を開いた場所は新宿、続いてお台場だった。当時のお台場は今のように華やかな場所ではなかった。都市博の開催を見込んで東京都が住宅を建設中だったが、都市博中止に伴い、開発が頓挫していたのだ。

「大学時代の仲間がそこに下駄履き物件(※ビルの1階に店舗や事務所が同居している状態の物件)を見つけて、『一緒に店をやりましょう』と誘ってくれたんです。空きが7軒分あったので、仲間を集めて格安で借り、同時にお店を出す計画を立てました。そこは海岸に面していて、その向こうにはできたばかりのレインボーブリッジがあるという、なかなかいい場所だったんです。当時は、野良犬くらいしか歩いてなかったけど(笑)」

 テナントを借りる仲間を募って、数々の飲食店経営者に声をかけた。いずれも今では全国に店舗を展開する、錚々たる面々だ。しかし返ってきた答えは皆、同じだった。

「『ばかじゃないの?』って(笑)。他にも『冬はどうするの?』『人いないでしょ』など色々と。結局、僕がイタリアン1軒とバーを1軒、話を持ってきた友人が2軒、あとの3件も大学時代の仲間で出店することになりました」

 鈴木氏は、この計画のPRを買って出た。

「ホテルマン時代に様々な方からの頼まれごとをすべてやってきたので、皆さん快く協力してくださいました。芸能関係者も多く、『面白そうだから取り上げますよ』とテレビの取材に来てくれたり、「絶対に失敗しそうなレストラン」と、雑誌で面白おかしく紹介してくれたり(笑)。他にも、イタリアから呼んだ職人がピザを焼くといった演出をしました。当時は、それが珍しかったんですよ」

 オープン初日、開店1時間後は人がまばらだった店内は、2時間後には満席になり、最終的には3時間待ちに。翌日からは、ビルを3周するほどの列ができる大盛況となった。

「オープン3ヶ月で独立のために借りたお金を全部返済しました。普通は、流行っているお店でも利益は15パーセント位ですが、当時の僕らは35パーセントもあった。飲食店では奇跡に近い、ありえないことです。僕は今でもそのありえないことを、もう一度やろうと思っているんですけどね(笑)」

鈴木 成和さん

経営の勘を磨くのは、自身の

そしてお客様の喜びの追求

 新宿に店を構えてから、22年。その間、必ずしも順風満帆だったわけではない。店舗を広げすぎて手に負えず、やむなく畳んだこともある。しかし今、既存の24店舗を順調に成長させ、また海外の名店を日本に輸入するという新事業に着手し始めた(株)スティルフーズ。鈴木氏は経営の舵取りを、どのように行ってきたのだろうか。

「勘、じゃないかなと思います。今まで、周りの人間から『絶対にやめたほうがいい』と反対されたお店が成功したり、『絶対に成功する』と言われたお店がうまくいかなかったりしたので、明確な方法論はないんです。「37 Steakhouse & Bar」も、最初は反対されました。この店があるビルは、昔、六本木ヒルズのなかでもわかりにくい場所だったんです。実際、開店からしばらくは毎月250万円の赤字が続きました。でも1年後に熟成肉のブームが来てからは、毎年売上げが3割ずつアップしていったんです。そこに至るさまざまな判断が何に基づいていたかといえば、やっぱり僕の勘だったとしかいえなくて」

 その「勘」に磨きをかけるものは、何だろうか。そのヒントは、鈴木氏の「根底にあるのは、形にしていく喜び」という言葉にあるのかもしれない。

「自分がいいと思ったことを実現し、そこにお客様が反応してくださることに、一番の喜びがあるんです。その喜びを追求していくと、大切なことが見えてきます。 皆が『いい』と言っても、そのぶん競争が激しかったり、オリジナリティに欠けたりすれば成功はしない。反対に、立地や通行量が良くなくても、その店にしかない価値を提案できれば、お客様が足を運んでくださることもあります」

 鈴木氏はまた、「やりたいことにこだわりすぎないのも、経営には重要」だと言う。

「飲食店で経験を重ねて、いざ独立するときに、自分がやりたいことにこだわりすぎる人が多いんです。『これだけいいことをやってるんだから、お客様がつくはずだ』と思い込んでね。でも、一番大切なのは、お客様が何を望んでいるか。それを忘れてしまうと、経営はひとりよがりになって、お客様はついてきてくれません。今後独立したいと思っている方は、そこをしっかり考えてみるといいと思いますね」

shop.jpg【取材店舗】37 Steakhouse & Bar

株式会社 スティルフーズ
─ 店舗情報 ─

37 Steakhouse & Bar

東京都港区六本木6-15-1 六本木ヒルズ 六本木けやき坂通り2F(けやき坂テラス)

電話:03-5413-3737

十十六(そとろく)

東京都港区新橋1-1-13 THE BLOSSOM HIBIYA 18F

電話:03-3519-8116

鉄板焼 S

神奈川県川崎市幸区堀川町72-1 ラゾーナ川崎プラザ4F

電話:044-520-8177

PIZZERIA 37

東京都豊島区目白2-39 トラッド目白1F

電話:03-5956-2037

Artisan de la Truffe Paris

東京都港区赤坂9-7-4 D-0118 東京ミッドタウンガーデンテラス1F

電話:03-5413-3830

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文:瀬尾 ゆかり 写真:ボクダ 茂

2017年10月05日 掲載

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