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株式会社 Värmen

代表取締役社長 掛川哲司

食をツールにして料理人が描ける素晴らしい
未来図を自分が見本となって届けていきたい

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掛川 哲司
– Satoshi Kakegawa –

1978年、神奈川県生まれ。横須賀の調理師専門学校を卒業後、葉山のレストランや都内数件で研鑽、箱根『オーベルジュオーミラドー』や青山『NARISAWA』で修行を積み、青山『デイルズフォードオーガニック』ではヘッドシェフを務める。2012年、代官山にビストロ『Äta』をオープン。さらに2019年広尾にオープンした『au deco』で翌年のミシュラン1つ星に選ばれる。現在は、直営店経営のほかコンサルト業務も行っている。


2021年11月掲載

料理好きな不良がプロの料理人に……
それはとても自然な流れだった

 ”最高のちょっとを創造する”を企業理念にかかげる、株式会社 Värmenの社長・掛川哲司氏。掛川氏が店を出せば行列ができる……と噂されるほどの敏腕社長だが、彼はもともと料理人であり、そのルーツをたどると努力を惜しまず、1度決めた道をまっすぐと進む人であることが分かる。神奈川県の鎌倉に生まれた掛川氏が、なぜ飲食の世界に生きることになるのか……そのきっかけは小学生時代にさかのぼる。

「僕は男3人兄弟の真ん中で、両親は共働きをしていました。だからごはんをコンビニやお弁当屋さんで買うことが多かった。さらに僕が小学校高学年のとき、母親がワイナリーをはじめたことにより、その頻度はもっと上がり、コンビニやお弁当屋さんのお弁当はほぼほぼすべて食べ尽くしてしまっていたんです。ただでさえ当時のお弁当はいまほどおいしくないし、お弁当というものに飽きていたとき兄貴がフランスパンを買ってきて、その中にサラミやサラダを入れてサンドイッチを作ったんですよ。そしたらそれがすごくおいしくて! そこではじめて、おいしいものを食べたいなら自分で料理するのもアリだな……となりました」

 自分で料理をすることに目覚めた掛川氏は、中学生になり、兄弟だけではなく友達にも料理をふるまう機会がどんどんと増えたと話す。

「中学生ぐらいからまぁまぁの不良になったんですけど、そうすると家に不良仲間がたくさんやってきては泊まっていく(笑)。僕はそのたびに彼らの朝ごはんをつくっていて、高校生になったときには15人ぐらいが家に集まっていましたね。僕がキッチンで料理をつくりながら、カウンターに座っている友達に向かってあーだこーだ話す。そのスタイルって今振り返ってみると、代官山も『Äta』そのもの。よく、カウンターの接客がすごく上手だと褒められることがあるんですが、それって昔からやり続けていることだから体に染み付いているってだけの話なんです(笑)」

 そんな掛川氏が飲食の道に進むことを決意したのは、高校1年生のとき。きっかけは父親からの「好きに生きればいいけど、大学に進むのか働くのかどっちにするんだ?」という問いかけだった。

「当時の僕には自分が大学に進んで、サラリーマンになるってことが全くイメージできなかった。いま自分の手の中にあって、将来飯が食えるのは料理、手に職を持つなら料理しかない。僕が料理人になる流れは、とても自然だったと思います」

 そして掛川氏は高校卒業後、横須賀調理師専門学校に進学し、フランス料理を学ぶことになるが、彼が実際にフランス料理に触れられるようになるまでは長い時間がかかった。

自分で決めたルールを貫いて
26歳でやっとフランス料理に触れる

「フランス料理をやりたかった理由は、モテそうだから(笑)。ものすごく単純な理由ですが、そこにたどり着くまではレストランや社食、カフェ……と洗い場をやりながら料理をこなす、そんな日々でしたし、自分にとっては18歳から24歳ぐらいまでのこの時期はまさに暗黒時代。この長いトンネルの先に明かりはあるのか? そんな思いで必死にもがいていました」

 先が見えない中でも、掛川氏が料理の道から逃げなかったのはなぜなのか。その答えはとてもシンプルなものだった。

「料理人をやると決めたから。それだけです。僕は弱くて、チャラチャラしていることを自覚しているから、自分でルールを決めないと言い訳をして逃げてしまう。だからルールや決め事をつくるんです。一度決めたら続けるしかないでしょう? 先は見えないし、どうなるかも分からないけど続ける以外の道がないようにマイルールを貫いただけです」

 そして26歳になった掛川氏にやっと、フランス料理店で働く機会がやってきた。

「知り合いの料理長の方に箱根の『オーベルジュオーミラドー』を紹介していただき、念願のフランス料理に携わることができました。ここで約4年間、働かせてもらったんですが明けても暮れてもフランス料理漬けの日々で、基本はすべてここで学びましたね。ここでははじめて、トンネルの先に明かりが見えた。お店に入って1週間で足の裏の皮が全部むけてしまうほど、めちゃくちゃ大変だったけど、それよりも楽しいが勝っていたように思えますね、今となると……ですが(笑)」

 4年間の密な時間を終えた掛川氏が次に行ったのは、ミシュラン2つ星のフランス料理の名店『NARISAWA』で、ここでも彼は約3年間に及ぶ濃くて刺激的な時間を経験することになる。

「フランスでも日本でも、数々のフランス料理を食べ歩いたけれど『NARISAWA』の料理は、別格でした。圧倒的にうまくて、圧倒的に本場のフランス料理そのものだった。当時結婚して子供もできたので、東京に引っ越そうと思っていたし、東京に行くなら働くのは『NARISAWA』以外考えられませんでした」

 当時の『NARISAWA』はミシュラン初年度に1つ星をとり、それをきっかけに世界へ進出。その様子を間近で見ていた掛川氏はそのとき、こう思ったと話す。

「夢は叶う、じゃないけど未来は今ある道の先にどこまでもつながっていくんだと感じたことを強く覚えています。いわゆる世界のトップシェフといわれる方たちと肩を並べた時間はとても刺激的だったし、料理の開発やイノベイティブという新しい業態のサポートを一緒にできたことは貴重な体験になりました」

 そして掛川氏は次に、イギリスから日本に上陸したオーガニックブランド『デイルズフォードオーガニック』でヘッドシェフを務めることになる。このタイミングで、2011年3月11日、あの東日本大震災が起き、彼の料理に対する考えは180度変わることになる。

掛川 哲司

3・11で人生観も食に対する考えも
すべてが変わり、社長 掛川哲司が誕生

「3・11が起こって、”食”に対して自分がおごっていることに気づいたんです。それまで料理=自己の表現であり、いかに新しくてクリエティブなものを提供するか。そんなことばかり考えていましたが、飲食業の本来のあり方って、自分の哲学を相手に押し付けるのではなく、お客さんが楽しくいられることがすべてなんじゃないかって思い直したんです。いろんなことをそぎ落として、人の話のつなぎになる程度のちょっとおいしい最高の料理を提供する、お客さんがとにかく楽しめるお店をつくろう……僕は強くそう考え、それを実行したんです」

 そして2012年、掛川氏の新しい考えのものとオープンしたのが代官山の『Äta』だった。

「自分がつくりたいものをつくるのではなく、お客さんが食べたいと思う料理をつくる。その人その人に合わせて楽しんでもらえる料理を提供するという考えは、今も変わっていませんし、世の中に必要とされるものをつくることが僕らの仕事だと思っています。だから、2019年にオープンした『au deco』も自分を表現する場所として出したのではなく、こういうお店が東京に必要だと思ったから出したんです。僕の基本的な行動原理は、人や世の中に必要とされるものをつくること。そういう考えになったのは、すべて3・11が起きたからこそだと思っていますね」

 考えの変換がありながらも、そこに料理の確固たる技術がついていることこそが、掛川哲司氏のオリジナリティーにつながっている……そして、彼はオーナーシェフから社長になった。

「社長業に比重を置くようになったのは、去年です。大きなきっかけは、コロナですね。コロナの蔓延に対してネガティブな思いももちろんありますが、僕が社長になりきることができたのはコロナのおかげといっても過言ではありません。今も『au deco』のシェフとして毎日厨房には立っていますが、それまでは社長というよりはやはりオーナーシェフとして動くことのほうが多かったので、その意識は大きく変わりました」

 掛川氏にとって、オーナシェフと社長業……この2つの違いはどこにあるのだろうか。

「その違いはちょっとのようでいて、すごく大きな違い。オーナーシェフのときはやはり現場主体で、おいしい料理をお客さんにいかに楽しんでもらうかが主軸。でも社長となると組織をどう動かして、スタッフのモチベーションの管理をどうしていくか……こういったことが重要ですよね。だから、お客さんの満足にコミットしていくことは現場に託して、僕はそれをスタッフにやってもらえるような土壌づくりをするように転換しました」

 では現在、社長となった掛川氏が土壌づくりをするうえで気をつけていることは?

「僕のキャラクターを押しつけないことです。僕はキャラが濃いので、それを求めてくださるお客さんもいるけど、だからといって僕のマネをする必要はないし、僕がもっているノウハウをいかしながら、個人個人がお客さんを増やしていってほしいと願っています」

 最後に、掛川氏に今後の展望について語ってもらった。

「オーナーシェフとか社長という職業は、飲食業界においてゴールではなくてあくまでスタート地点です。そこからどう会社を大きくしていくか、それにはユーチューブをやってもいいし、いろんな企業とつながってもいい。そういった見本というか、未来図を僕の姿から想像してもらえるとうれしいです。個人的に50歳になったらホテルを持って、40代で出会った人たちと料理はもちろん、いろんなことをやりたい。そして、60歳になったら小さなビストロで大好きな人と料理をする……そんなふうに10年ごとの目標を考えていますし、これまではすべて実現させているので、これからも実現させていけたら……と思っています」

 そう言いながら、ちょっとやんちゃな微笑みを見せた掛川氏であった。

Varmen 店内写真Värmen(バーマン)(取材店舗)

株式会社Värmen
─ 店舗情報 ─

Värmen(バーマン)

住 所:東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷 2F

電 話:03-6205-7723


Äta(アタ)

住 所:東京都渋谷区猿楽町2-5 佐藤エステートビル 1F

電 話:03-6809-0965


GOOD LUCK CURRY(グッドラックカレー)渋谷店

住 所:東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ B1F

電 話:03-5422-3170


他店舗含め、現在6店舗展開中

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文:安藤 陽子 写真:yama

2021年11月04日 掲載

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