独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
御田町 桃の木
店主 小林 武史
「桃の木」の味を守りながら新しいことに挑戦していきたい
小林 武史(Takeshi Kobayashi)
1967年生まれ、愛知県出身。大阪の辻調理師専門学校を卒業後、同学校で講師を8年間務める。その後、『竹爐山房』など数々の有名中華料理店で経験を重ねあげ、2005年に港区三田に『御田町 桃の木』を開店。今年3月、店名を「赤坂 桃の木」に変更し、東京ガーデンテラス紀尾井町に移転。
2020年2月掲載
料理人になるつもりが講師に…… 人生のターニングポイントは21才
2005年にオープンしてからわずか5年という短さでミシュランの星を獲得した『御田町 桃の木』の店主、小林武史氏。小さいときから母親の家事を手伝う機会が多く、料理への抵抗がないまま育った小林氏は、自然と飲食の世界へと興味を持つことになる。
「母親がお茶をやっていたので、瀬戸市まで器を見に行くことも多々ありましたし、父親が釣り好きだったので、昔から魚に触れることにもなれていました」
こうして、高校卒業後、小林氏は、料理人を目指して辻調理師専門学校に進学する。学校を選んだ理由は意外にも単純なものだった。
「当時、土曜の夕方に『料理天国』というTV番組があったんです。辻調(辻調理師専門学校)の先生と芸能人が一緒に料理をつくって、それを食べる……みたいな。その番組の料理がとにかくおいしそうだったし、華やかで、それを見て料理人になりたい気持ちがより強くなりましたし、料理人になるなら辻調に行きたいなと思ったんです(笑)」
ちなみに小林氏は当初、中華料理ではなくフランス料理に惹かれていた……と話は続く。
「フレンチの料理人って高い帽子をかぶって、ソースをサッとかけて、スマートでカッコいいですよね(笑)。だけど、学校で実習や講習を受けていろんなジャンルの料理を経験していくうちに、いちばんおいしいと感じるのは中華料理だった。だから、入学して1ヶ月後には中華に心を奪われていたし、2年目は中華料理を専門に勉強する過程を受けることにしたんです」
そして就職活動の時期が来て、小林氏は香港から日本に初進出する有名中華料理店『福臨門』への内定が決まっていたのだが、思いがけない出来事が彼に降りかかる。
「進路の先生に11月ごろ呼び出されて『小林くん、実は福臨門で働けなくなってしまった』って言われたんです。どうやら職員の方が僕の行くはずだったお店で就職することになってしまって、僕の入る枠がなくなってしまったんです(笑)」
すでにときは11月。こうして小林氏は、卒業後、辻調理師専門学校の講師として働かないか……という学校側の申し出を受けて、辻調に就職をして、8年間働くことになる。これは小林氏にとってはターニングポイントといっても過言ではなかった。
数々の現場をこなして念願の独立
“料理人とオーナーの両立について
「学校の先生になりたいと思っていたわけではなかったので、最初は戸惑いもありましたが、実際に働いてみるとおもしろかったし、勉強になることもすごく多かったんです」
辻調には、全国からありとあらゆるジャンルの料理人が先生として教えにやってくる。その一流の料理人のサポートをすることで、多くの知識を得ることができたし、場所が学校なだけに資料はたくさんあった。
ただ、自分で料理をつくって、お客様に食べさせたいという気持ちがだんだん大きくなっていったんです。そんなとき吉祥寺の中華料理店『竹爐山房』が移転してスタッフを増やすというタイミングで、僕が働かせてもらえることになったんです」
初めての現場は小林氏にとって過酷だった。講師としての8年間とは環境がまったく異なるうえに、1日15時間働く日も少なくはなかった。
「『竹爐山房』の料理長の山本さんにはすごく可愛がってもらいましたし、料理やお客様に対する考え方など、多くの影響をうけました。ここでは約2年間働き、その後いくつかの中華料理店を転々として、15年前の2005年に独立に至りましたね」
それまでは料理人として才能を発揮していた小林氏だが、経営を行うのはこのときがはじめてで、そこにはやはり大きな壁があった。
「経営は、店を運営するためにお金を借りたり、人を使ったり、利益をあげることも考えなくてはいけない。だからこそ料理人との両立は大変だし、壁もありましたが、逆をいえば、それがやりがいでもありました。料理人として料理も経営もできるなんて、すごいことですからね」
オープンから15年。『御田町 桃の木』の業務の他にも、企業の料理講習会や商品開発に携わっている小林氏だが、すべてをこなせている理由のひとつは、8年間の講師経験にある……と目を細めながら話した。
「生徒を教える先生を間近でみていたので、自然と教える力が身につきましたし、誰かに何かを教えるためには、まずは教えられる側の個体差を見極めることをしなくてはいけない。それを知っているので、普通の料理人の方よりも教える特殊な力があると自負しています(笑)」
それはスタッフ育成にも役立っており、小林氏はひとりひとりに合わせた教育を行なっている。
小林氏が考える店主としての心得
01 食材とお客様に対してどんなときも妥協しない
02 広い視野で中華料理を考え、挑戦する
03 常に自分の感覚を信じてお客様を迎える
思い起こせばすべてはタイミング 新たなる出発点は、紀尾井町
就職するはずが、学校の講師に……。そんな少し変わった経歴を持つ小林氏のもとに、またひとつ、ターニングポイントになりえる話が舞い込んできた。それは紀尾井町の東京ガーデンテラスへの移転である。
「これまでにも移転の話は多くいただいていたんですが、箱が大きすぎたり、自分には雰囲気が合わない気がしたり、なんだかんだで見送っていたんです。でも、今年は例年より多く新卒の子たちが調理師学校から僕のお店にやってくることもあり、ちょうどいいタイミングなのかな、と思いました。今までもタイミングで物事がうまく重なるということがほとんどでしたから」
そしてその新しい店舗で小林氏は新たにチャレンジしたいことがある。
「これまで僕は、中華料理の食材や技術の範疇を超えるようなことはしないようにしていたんですが、海外で仕事をしてみて、そうも言ってられないなと感じたんです。これからは『御田町 桃の木』の良さは残したまま、『赤坂 桃の木』としてワールドスタンダードになりえる新しい中華をお客様に楽しんでいただきたいです」
中国でとても縁起がいいとされる『桃』を店名に持つ『桃の木』のこれからの味に大きな期待を持たずにはいられない。
赤坂 桃の木 ※3月3日移転オープン
住 所:東京都千代田区紀尾井町1-3 紀尾井テラス3F
電 話:03-6272-8866
時 間:17:30~22:00(L.O.21:00)
定休日:水曜日
交 通:地下鉄各線「永田町駅」9a出口直結
文:安藤 陽子 写真:小野 順平
2020年02月20日 掲載