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独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ

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OSTERIA Pagina

代表取締役 鳥羽理恵子

いつも笑顔でお店に立って 人の輪をつなげていきたい

いつも笑顔でお店に立って 人の輪をつなげていきたい

鳥羽理恵子 (Rieko Toba)

1976年生まれ、長野県出身。小さい頃から食べることに興味があり、高校時代にイタリアンジェラート店でアルバイト。卒業後は上京し、都内の洋菓子店に就職。さらに「レストランひらまつ」などで経験を積み、「OSTERIA Pagina」の店長となり、昨年、代表に就任。

2018年3月掲載

空手を14年間続けた女の子がパティシエを目指して、上京……

 新橋の古い雑居ビルのワンフロアをリノベーションしてつくられた、清潔感あふれるかわいらしい店内。まず目に入るのはおしゃれなワインセラー、そして、天井から下げられたワイングラスたち。女性ならではの気配りや発想力がひかる『OSTE RIA Pagina』は、知る人ぞ知るイタリアンの隠れ家的名店で、ランチの時間帯は行列が絶えないほど。この『OSTERIA Pagina』で毎日フロアに立ち、経営もこなす鳥羽氏は、明るい笑顔が魅力的で、取材中もずっと笑みがこぼれていた。そんな彼女が代表になったきっかけとは……。

「実は私、幼稚園から高校卒業まで、ずっと空手をやっていたんです。兄と弟がやっていたのを見て、『私もやりたい!』って。自分でやりたいと言ってはじめたことだから途中でやめることは許されませんでした。でもそのおかげで、礼節を重んじることや、続けることの大切さを学び、根性がつきましたね(笑)」

 しかし、このスポ根少女の趣味は意外にもお菓子づくりだった。 「お菓子を大量につくっては、学校で配ったり、親戚の人にあげたりして、ほめられるのが大好きでした。基本、食べるのも好きで、中学生のときのお誕生日プレゼントに肉まんをリクエストしたぐらい(笑)。それが高じて、高校時代に家の裏にできたイタリアンジェラートのお店でアルバイトをはじめたんです」

 このイタリアンジェラート店の女性社長との出会いが、鳥羽氏の運命を大きく変える。

「当時、社長はまだ24才ぐらいだったと思うんですが、その若さで女性がお店を経営している姿がすごくかっこよくて、優しくて。私も将来パティシエになりたいんだという相談をしたら、東京のケーキ屋さんを紹介してくれたんです。親に相談もせずに進路を決めてしまったので、母親にはあとからこっぴどく怒られましたけど(笑)」

 こうして高校を卒業した鳥羽氏は、進学校に通っていたにもかかわらず、パティシエを目指して上京する。

素敵な上司とめぐり合いながら

サービスの楽しさに目覚める

 いくら趣味がお菓子づくりだったとはいえ、本格的なケーキづくりの知識は全くなかった鳥羽氏にとって、東京でのこの就職は、修業だった。

「チェーン店ではなく、オーナーパティシエの方がやっているお店で、設備が整っている町の大きな人気店でした。あの頃は専門学校に行くよりも実際に働いて勉強したほうがいいという風潮もあったので、なかば無理やり飛び込んだ感じです(笑)。私は根がおっちょこちょいなので、失敗の連続でたくさん怒られもしたけど、先輩方にフォローしてもらいながらなんとか5年間、一通りの作業を学ぶことができました」

 その後、実家の好意で、地元でケーキ屋さんをやらないかという話もあった鳥羽氏だが、それを断った理由は、まだお店を経営する自信がなかったから……だけではなかった。

「東京での生活は、ケーキ屋と家の往復だけで、男性と付き合うことはおろか、全然遊べていなかったので、まだ長野には戻りたくなかったんです。あの頃はフリーターにあこがれていました。今考えると浅はか(笑)」

 半年ほど念願のフリーターを経験した彼女は、とある会社の社員食堂の中にあるカフェで約10年もの間、働くことになる。

「ここでも素敵な上司に出会って、最終的には店長にならせてもらい、ドリンク開発にも携わりました。当時、バリスタが流行っていたので、私もコーヒーマイスターの資格を取得したんです。そして、何より、ホールにでてサービスをちゃんとするのはここが初めてだったので、接客の楽しさを学びました。上司の方にも”自分が女優だと思って、人から見られることを意識しなさい”と言われていたのを覚えています」

鳥羽氏がこのカフェで学んだことは、もうひとつある。

「スタッフへのお願いの仕方、接し方です。パートさんは年上の方だったので、その人たちに対する指示の出し方や、感謝の気持ちの表し方をしっかりと学びました」

 その後、スキルアップのためにソムリエの資格をとり、レストランに移った彼女はそこのシェフの一言がきっかけで、株式会社 ひらまつに面接に向かう。その一言とは。

「君は知識がなくて失敗も多いけど、人に恵まれる能力があるからもっと大きなお店で勉強してこい」

 そして34才の鳥羽氏は、六本木ミッドタウンにある「ボタニカ」(現在はフィリップ・ミル)で働き、またも素晴らしい上司と出会う。

高倉氏が考える経営三箇条

鳥羽氏が考える経営三箇条

01 社員とお客様が笑顔でいられる空間をつくる

02 失敗から学ぶことは多いので失敗を恐れない

03 “共創”をキーワードにして社会に貢献する

立場が変わったからこそ分かる未来のビジョンと自分の役目

「私の人生の中で、特筆すべきお世話になった方が何人かいるんですが、そのひとりが、ボタニカでの上司でした。ほがらかで柔らかい雰囲気とユーモアのある接客が本当に素敵で、私の理想の上司像のベースになるぐらい。ボタニカでの約5年は、サービスの基礎を築けた時間でしたね」

 そして2015年、鳥羽氏は現会社のオーナーに誘われて「OSTERIA Pagina」に転職。ここでもまた彼女は、人生の恩師とも言える人物に出会う。それは、前任の社長であった……。

「オーナーは、私にソムリエの資格をとるよう勧めてくれた方で、もともと友人なんです。そして、前任の社長は、いつもくよくよと悩む私にリーダーとしての在り方を教えてくれると同時に創造力を持つ大切さを教えてくれる人でした。そのおかげで私は社長としての”腹をくくる覚悟”をしっかりと持つことができ、今やっと、だんだんと成長できている途中……なんだと思います」

 いろんな人に助けられ、支えられてきたからこそ、人の温かさを知る鳥羽氏の今後の展開を最後に聞いた。

「今年中に新たに1店舗展開して、5年間で3店舗にしたいと思っています! いずれは朝だけ営業する短時間カフェをつくって、元気なシルバー世代の働き口の手助けになれば…と考えています。そのためにも今は力をつけます!」

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OSTERIA Pagina

住 所:東京都港区新橋3-5-13 大興ビル3F・4F

電 話:03-5511-2727

時 間:【月~金】11:30~14:30(L.O.14:00) 18:00~23:00(L.O.22:00)
【土曜日】17:30~22:30(L.O.21:30)

定休日:土曜日(ランチ)・日曜日・祝日

交 通:各線「新橋駅」徒歩3分

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文:安藤 陽子 写真:yama

2018年03月15日 掲載

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