独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
有限会社寿し処阿部
代表取締役 阿部 浩
同じ釜の米を食えば、スタッフはみんな兄妹です。
阿部 浩(Hiroshi Abe)
1971年、新潟県南魚沼生まれ。父はコシヒカリの生産者である。大自然に囲まれながら少年期を過ごし、十代のころに板前になって経営者をめざすことを決意。新宿の寿司グループ店に就職、30才での独立をめざす。12年間勤めた会社を退職後、2002年8月、第一号店をオープン。現在、直営5店舗、独立者8名を誕生させている。
2015年10月掲載
貧しかった少年時代の想い出が仕事の原動力に。
南魚沼の野山を友だちと駆けまわり、美しい渓流を泳ぐ魚たちと戯れながら育った。しかし、暮らしそのものは貧しかったと、少年時代を振り返る。 「当時、父親は30俵ほどのコシヒカリの生産をはじめ、炭をつくる農家を営んでいました。ただ、とても貧乏な毎日でした。今思えば夜中に内職していたんですね、母親の寝顔を見たことがなかったんです。米のおいしさも、子供だったし比較したわけではないので、こういうものだと思っていました(笑)」
いつかは東京に出て、仕事を成功させ、両親に恩返しがしたい──。
十代でそう思いたち、高校を卒業すると上京し、板前をめざすことに。 「板前になって、寿司店を展開できるような経営者になろうと思うようになったんです。寿司なら、大量のシャリを使うじゃないですか。現在父親が生産しているコシヒカリを買い取るような会社ができれば、少しは両親もラクに暮らせるようになるかもしれない。そんな思いがあったんです」
新宿の寿司店で12年間、必死に働いた。
掃除、洗い場、仕込み、すべての仕事をスピード感をもって吸収していく。今いる場所は、自分の経営する店なんだと思い込み、仕事仲間はみんな家族だと感じていた。
この修業時代に体得したのは、寿司を握るスキルや、数字管理のマネジメントではない。 「人は、心で動かすものだということを学びました。人はスキルについてくるのではない、マネーをちらつかせても人は動かないんですね。人とのコミュニケーションでいちばん大切なのは、ウソのない誠実さであり、謙虚さであり、その人に対してきちんと心をさらけだすことなんですね」
30才で独立。第1号店をオープンさせたあとも「人を心で動かす」ことをつづけた。気がつけば、自分の周りに寿司を学びたい、いっしょに働きたいと願う人たちが集まりだした。プレイヤーでありながら、人と共に組織を成長させていく経営者魂にも火が点りはじめた。
直営店6店舗、独立者8名を輩出した経営者でありながら、今でもスタッフたちから「阿部さん」と慕われている
伝統を受け継ぎながら、
柔軟な感性で新商品も。
カウンターの真ん中に立ち、寿司を握る姿は周囲をなごませる。昔ながらの包丁一本さらしに巻いてといった職人気質は、そこにはない。笑顔をたやさず、大きな体を踊らせるように握る。阿部 浩らしいオーラが周囲に立ちこめる。 「食はレジャーですからね。緊張して寿司を食べてもおいしくないでしょう?」 と言いながらも、小手先で握るのではなく、肘で握れと、スタッフには指導している。
夏場になると、故郷である南魚沼の田んぼに実った稲を、その目と足を使って目利きに出かける。 「天候の状況や稲の反りぐあい、傾きぐあいで、米の品質が分かるんです。あの田んぼはやめて、今年はあそこの田んぼで育ったコシヒカリを買い付けようと父親に注文を出すんです」
北海道から鹿児島まで、漁港と契約して季節の鮮魚が直送される。漁師との強いつながりも、心を開いてコミュニケーションを重ねてきた成果なのだろう。
しかしその反面、新商品の開発にも積極的だ。 「最近、おすすめなのが『酢飯のアヒージョ』です。ここ虎ノ門は外資系企業の方々も多く、ワインで寿司を楽しみたいというお客さまが多いんですね。うちの強みであるシャリの旨みをそのままに、ワインにも合うアヒージョというスタイルを表現してみました」
また、現在開発中のデザートの新商品も見せてもらった。何点ものお菓子が美しく盛りつけられたプレートは、フレンチかと思わせるほどの華やかさだった。 「これからの寿司は文化交流のひとつのツールになっていくと思っています。当店は外国からのお客さまも多いため、スタッフにも外国人を起用し、英語で対応するようにしているんです」
江戸前の寿司文化を継承しながらも、時代が求めるものを感じ、表現していく柔軟な感性こそが、阿部 浩の経営者魂なのかもしれない。
阿部氏が考える代表取締役の心得
01 人は心で動かせ。
02 食はレジャー。
03 笑顔に人は集まる。
下のスタッフから評価された人だけが店長になる。
店主や立地に合わせて、各店舗のスタイルはさまざまだ。伝統的な寿司のスタイルを表現している店もあれば、漁師町の活気を空間で演出しているような店舗もある。
今後の出店計画にもさまざまな案がカタチになろうとしている。高級寿司店、シャリのうまさを活かした海鮮ちらしの大衆業態、寿司を学びたい外国人のために英語による寿司学校の開設なども、阿部氏の引き出しにそっと隠されている。
既存店の店主も、独立していった弟子たちも、いっしょに働く下のスタッフから慕われた者ばかりだ。 「下のスタッフから評価された人だけが店長になっています。心ある人は、周囲の誰からも慕われるからです。スキルだけ、数字管理だけが突出していてもうちでは通用しません。やはり心のある人がいいですね」
仕事に集中できる環境づくりの一環として、全店舗の近くに寮を完備している。仕事面でも、阿部氏からスタッフに向けてトップダウンで指令が発せられることもない。自分たちで考え、自分たちらしさを追求する文化が育っている。
専門学校で今、日本食や寿司をこころざす人が減っていることに、大きな疑問をもっている。 「寿司って、子供からおじいさんおばあさんの代まで、みんな大好きな食文化でしょう? 外国からのお客さまも増えている。寿司って、今大きなチャンスを迎えているんです。寿司の世界には、ジャパニーズドリームがあるんです」
そう言いながら、カウンターの真ん中で笑顔で寿司を握るひとりのプレイヤーに戻っていた。
意気な寿し処 阿部 虎ノ門ヒルズ店
住 所:東京都港区虎ノ門1-23-3 虎ノ門ヒルズ 森タワー4F
電 話:03-3539-3663
時 間:月~金/11:00~23:00(L.O.22:30)
土・日・祝/11:00~22:00(L.O.21:30)
定休日:年中無休
交 通:地下鉄銀座線「虎ノ門駅」より徒歩1分
文:高木 正人 写真:ボクダ 茂
2015年10月22日 掲載