独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
BISTRO CHIKARA
オーナーシェフ 遠藤 力
お客様一人ひとりを気づかうお母さんのように、
この距離感だからできることを大切にしたい。
遠藤 力(Tsutomu Endo)
1969年、神奈川県生まれ。大学在学中のアルバイトをきっかけに飲食の道へ。イタリアンレストランでシェフ兼ソムリエとして9年間勤務。その後、日米を行き来する生活を経て、西麻布「サイタブリア」のシェフに就任。2011年3月、「BISTRO CHIKARA」をオープン。
2015年3月掲載
人を呼ぶ料理、スペシャリテなくして独立はありえません
パリの街角で見かけるようなドアを開けば、高い天井に印象的なワイン色の壁。シェフの愛する猫のオブジェや絵画があちこちに飾られた心地よい空間が広がっている。全16席の小規模な店ながら、ミシュランのビブグルマンを獲得するなど、「ビストロ チカラ」の評判は高い。
「お客様を呼べる料理なくして独立はありえません。資金がなかったとしても、これさえあれば大丈夫です」と胸を張るオーナーシェフ、遠藤氏のスペシャリテはやさしく深い味わいの「オマール海老のビスクスープ」。「お客様から『夢に出てくるんです』と言われたこともあるんですよ」と、笑顔で語る。
ナパヴァレー産をメインにワインの品揃えも充実。フレンチビストロでありながら、カリフォルニアワインにこだわるのは他でもない。ソムリエ資格も保有する遠藤氏の原点ともいえるものが、そこにあるからだ。
飲食のキャリアのスタートはイタリアン。経験を積んでシェフを任されるまでになり、渡伊の経験も持つ。それでも、イタリア以上に心ひかれたのがカリフォルニアだった。
「ワイナリーの視察ツアーに参加して感動しました。アメリカの食材の組み合わせ、盛り付け、ホスピタリティあふれる雰囲気やエンターテイメント性まで、すべてが衝撃的でした。イタリアは居心地がいいし、ご飯は美味しいし、住んでもいいなと思ったくらいでしたが、料理をつくるとなるとワクワク感がない。それなのにアメリカは行く前からドキドキ、楽しくて仕方がなくなるんです」
20代後半でフレンチに転向。ワイナリーで醸造の手伝いをする等、日米を行き来する生活を続ける間にアメリカで働くチャンスが巡ってきた。
「誘ってくださるシェフがいて、行こうという気持ちになっていたとき、『サイタブリア』の社長との出会いがありました。『自分の名刺がわりになるものを身につけてからにした方がいい』と言われ、確かに自分には何もないなと気づいたのです。『シェフを5年間すれば、どこでも通用する』と熱意を持って話されて、『お世話になります』と決めました」
スタッフが常時30名ほどいる大型店で7年間、遠藤氏はシェフを務める。「経営の考え方や店の回し方などのすべてを学んで」、独立への足がかりを着実に築いていった。
「こういうのが食べたかった」
という一言が何よりうれしい
2011年3月、「ビストロ チカラ」は予定より10日ほど遅れて、ようやくオープンにこぎ着ける。あの大震災の直後のことだった。
「新しい扉がなかなか届かなくて、扉なしで店を開けるわけにもいかないですしね。その間に店名を考え直して、自分の名前でもありますが、こういうときだから、みんなに力をつけてもらおうという気持ちを込めました。小洒落たフランス語とかにしなくて、よかったなと思います(笑)」
飲食業界全体が冷え込む中、さぞかし大変なスタートになったかと思いきや、滑り出しは上々だったとか。
「幸いなことに、前の店のお客様にいらしていただけましたし、近くにお住まいの方は遠くに出かけたくない状況でしたので、『近所にこういう店ができてうれしい』と喜ばれました。業者さんも注文がなくて暇なときだったので、歓迎されました。それでも、『よくオープンしたね』と皆から言われましたけれどね」
開店早々から、目まぐるしい多忙な日々が続いた。とくに苦労したのは慣れない経営面のあれこれだった。
「ともかく、一番は数字の管理です。税金関係から人を雇う責任の問題まで、行き帰りの電車でも本を読み、社会の仕組みを初めて知るような気がしました。店では仕込みから調理まで基本的に一人でしていたので、ご飯を食べる暇もありません。オープン2週間で7キロやせました」
こうした奮闘の甲斐もあってか、評判はじわじわと口コミで広がり、人気店へと成長。オープン時、遠藤氏が掲げたコンセプトは多くの人たちに受け入れられていった。
「この距離感だからこそ、できることを大切にしようと思いました。お客様に『お疲れですか? 味を薄めにしましょうか』とやりとりしながら、料理をつくりたい。家族一人ひとりが何を食べたいのか、体調はどうなのかを気づかいながら、ご飯をつくるお母さんと一緒です。お客様の『美味しい』の一言もうれしいですけれど、『今日はこういうのが食べたかったんだよね』と言っていただけたときが一番うれしいですね」
遠藤氏が考えるオーナーシェフの心得
01 スペシャリテを持つ
02 自分自身に嘘をつかない
03 感謝の気持ちを大切に
がんばったぶんだけ正直に返るのが醍醐味であり難しさ
今月で「ビストロ チカラ」は創業4周年。遠藤氏のお客様に対する真摯な姿勢は、なおも変わらない。
「すべてのお客様に常にそうありたいと思いますが、100%とはいきません。お母さんのような応対だなと、一組の方でも感じて帰っていただくのが日々の目標です」
手応えをしっかりとつかんだ今、「がんばったぶんだけ、正直に返ってくるのが醍醐味ですね」と、改めて飲食の仕事の魅力を語る。一方で、そこに難しさがあるとも。
「みんながんばっているんでしょうけれど、たとえば電話1本の対応でもおろそかにすると、後々まで響いてくるものです。ポイントは的を得たがんばりをすること。ムダにがんばると、疲れてしまいます。最近、焦っている人が多いなと感じるんです。早くできるようになりたい、前に進みたいという気持ちはわかりますが、変な方向に行かないように。仕事もじっくりと選んで、自分の力を最大限に引き出してくれる師匠や店に出会ってもらいたいと思います」
読者の胸に届く熱いメッセージを送ってくれた遠藤氏。まずは、着実にステップアップを。その先には、いつか見た夢が、より現実的なビジョンとして描かれている。
「今はすぐに予約でいっぱいになり、お客様にお断りしなければならないこともあります。店を少しずつ大きくして、3、4年後を目処に倍の規模にしたいと考えています。一歩一歩確実に進めて、そして、いつかはカリフォルニアへ。ワイン畑に囲まれ、人も気候もすべて揃ったところで、自分の店を持ちたいですね」
BISTRO CHIKARA
住 所:東京都港区虎ノ門3-11-8 山田ビル1F
電 話:03-5408-6328
定休日:日曜日
時 間:月~金/11:30~14:00(L.O.)
月~土・祝/17:30~23:00(L.O.22:00)
交 通:地下鉄日比谷線「神谷町駅」より徒歩4分
文:西田 知子 写真:ボクダ 茂
2015年03月05日 掲載