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独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ

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自由が丘 魚斉

店主 関 斉寛

“幸せのスパイラル”を理解すれば、
若くして成功できるのは間違いない。

関 斉寛(Narihiro Seki)

1984年、神奈川県生まれ。調理師学校を卒業後、南青山の和食ダイニング、新横浜プリンスホテルの日本料理店で修業を積む。独立を視野に入れ、麻布十番の和食店でホール業務も経験。二子玉川の和食ダイニングで料理長、マネージャーを経て事業部長を務める。2012年7月に「等々力 うおいちばん」、2014年2月に「自由が丘 魚斉」を開業。

2015年1月掲載

自由が丘、等々力で2店舗を運営 若き店主は直球の日本料理で勝負

 洗練された街並みが続く自由が丘の一角に「魚斉」は佇む。落ちついた和の風情漂う日本家屋。供される料理の数々は、いかにもふさわしい直球の日本料理。さりながら、カウンターに立つ店主の若々しい姿には少々驚かされるかもしれない。

 関斉寛氏は現在30才。28才のときに「等々力 うおいちばん」を開業し、繁盛店をつくり上げた。その勢いをもって昨年2月、自由が丘に出店。早くも評判を集め、3店舗目の立上げも視野に入れている。

 若くして成功を収める秘けつはどこにあるのか。遡れば、「とにかく負けん気が強い」という強靭な精神力が支えになってきたに違いない。

「専門学校を卒業して調理場という戦場に入った瞬間、コテンパンにされました。魚をおろしたり桂剥きでも勝負を挑んだのですが、何ひとつ先輩には勝てない。悔しくて、朝早く先輩が来る前にしなければならないことを全部済ませて、バレないように一人で練習を続けていました」

 もうひとつは人との出会い。「多くの人々の力添えや励ましがあってこそ現在の自分がある」と、関氏は感謝の気持ちを抱き続けている。

「新横浜のホテルの親方は、自分にとってスーパーマンのような存在。いつも笑顔で人を魅了し、叱られるとおっかないけれど、そんなときでも愛情が伝わってくるんです。この人のためにがんばろうと思いました」

 そこでも誰よりも早く調理場に入り、地道な努力を続けてきた。その結果、入社3年目という異例のスピードで二番手に抜擢される。

 ところが、その後しばらく現場を離れることに。「20代で独立する」という明確な目標があったからだ。

「接客を勉強しようと、タレントの店でホールを経験しました。板前だったのが、いきなりできるはずがありません。ガチガチで何もしゃべれなくて、情けなかったですね。それでも、他の人のモノマネから入り、どうすればお客様を楽しませられるのかを考えるうちに、自分なりのパターンができてきました」

 接客を身につければ、次は経営。二子玉川の和食店の料理長として入社した会社では、新店舗の開発やコンサルティング業務に携わり、事業部長を務めるまでに。こうして独立への足場を着実に固めていった。

感謝の気持ちを忘れていたと猛省

軌道修正して新たなステージへ

 2012年7月、「等々力 うおいちばん」をオープン。「低投資戦略を勉強していて、間違いなくフィットする物件だった」ことが開業の決め手になった。狙い通りに売上は順調に伸び続けていたが、秋口には早くも方向転換を迫られる事態に。

「初めは養殖や冷凍ものも使っていたんです。でも、仲間にも自分にも嘘をつくようでおもしろくないなと感じていると、売上が落ちてきました。変なものを使うのはやっぱりやめよう、自分で買いつけに行かなければと築地に通い始めました。知り合いもいないので市場をくまなく歩き、名前を覚えてもらうところからです。そこから、一気に変えました」

 ただ食材を変更しただけではない。接客も改めて一から見直した。

「今になって思うと本社勤務で数字ばかり計算していて、お客様も仲間も全然見えていなかったんですね。お客様の顔を見た接客ができていませんでしたし、仲間を単にコマのようにしか見れなくなっていた。感謝の気持ちを忘れてしまっていました」

 この思い切った軌道修正により、居酒屋感覚の店から雰囲気が変わった。客層も大幅に入れ変わり、客単価が上昇。オープンから約8ヶ月で、投資の回収を成し遂げる。そして、次のステージを探り始めたとき、また新たな出会いが待ち受けていた。

「ここは自由が丘で36年営む有名店だったんですよ。都合で閉めることになり、テナント募集をかけた途端、多くの人が集まったのですが、親方はなかなか首を縦に振らなかったそうです。その方と市場での買い付け先が同じだったことから、等々力の店で仕事を見ていただく機会に恵まれ、『よかったら店をやらないか』と言っていただけました」

 東京でも屈指の高級住宅地、自由が丘で60名を数えるキャパシティの店を20代で構えるというのはそう滅多にある話ではないだろう。「これはチャンスだ」と心を決めた関氏は等々力の店をいったん休業。「魚斉」の立上げに全精力を傾けた。

「鮨屋のような雰囲気で和食を楽しめる新しい日本料理の店を作りたいと考えました。地域ナンバーワン店に絶対成長させたいと思います」

鎌田氏が考えるオーナーシェフの心得

関氏が考える店主の心得

01 過去に感謝

02 未来の自分に挑戦

03 すべての人の喜びは私たちの喜び

過去の経歴より未来への挑戦 起業家精神のある人と出会いたい

「28才で独立して、33才までの5年間に直営の5店舗をつくります」

 周りの人々にそう宣言しているという関氏は、今後さらに出店を加速する予定だ。そのためには、信頼できる人材の確保が必要不可欠になる。

「ベンチャースピリッツのある人と出会いたいですね。出店には業態を絞ったほうが効率的ですが、それ以上に自分はこれをやりたいという熱い気持ちを持った仲間ができれば、また違うチャレンジもしてみたいと思っています。面接のときも履歴書はほとんど見ないんですよ。過去の経歴より未来に挑戦しようという気持ちのほうが大切ですから」

 現実的には、人材不足の飲食業界。とりわけ、伝統的な日本料理を志向する若い人たちは減少傾向にある。

 だからこそ「30才でここまでできる」という姿を体現した関氏の存在は大きい。その言葉は飲食の世界を志す人々の刺激となり、モチベーションを引き出してくれるに違いない。

「背筋を伸ばして、この業界で自分はやっていくんだという強い覚悟を持って取り組めば、仕事が楽しくなり、お客様に感謝の気持ちを伝えたいというふうに変わってきます。目の前にいる人を喜ばせれば、その方が口コミをしてくれて、お客様が増え、売上も上がる。皆に払う給料も上がり、新しい店舗ができて、自分のやりたいことも実現できる。この”幸せのスパイラル”のロジックを理解すれば、若くして成功できるのは間違いありません。強い信念と周りへの感謝の気持ち、そして笑顔を常に心がければ、必ず成功できます」

自由が丘 魚斉

自由が丘 魚斉

住 所:東京都目黒区自由が丘1-3-21

電 話:03-3724-0670

定休日:年中無休

時 間:月~土曜日/17:00~24:30(L.O.23:30)
日・祝日/16:00~24:00(L.O.23:00)

交 通:各線「自由が丘駅」より徒歩4分

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文:西田 知子 写真:yama

2015年01月08日 掲載

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