独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
すし処 海味
店主 長野 充靖
あいさつと返事、ウソをつかないこと──。スキルを上げる条件です。
長野 充靖(Mitsuyasu Nagano)
1963年、北海道生まれ。母親方が鮨店を営んでおり、将来は鮨職人をめざそうと思うようになる。高校卒業後、単身東京へ。新宿の調理師専門学校で1年学ぶ。1982年卒業後、鮨のチェーン店に就職、3年間修業する。その後、個人店時代に出会った親方に10年師事。30才で店を任され、36才で経営者になる。
2014年2月掲載
もっと厳しくしてもらわないと困る、と思っていた修業時代
こちらの質問に対し、しっかりと耳を傾ける。その問いに対して、自分ならどのような内容をしゃべるべきかを、しばらく間合いをとってじっくりと考える。やがて放たれる言葉数は決して多くはないが、ものごとの本質を見極めてきた長野氏ならではの研ぎ澄まされた考え方が凝縮され、散りばめられていた。
「最初に修業した店ですか。何店舗も展開している大手の鮨グループ店だったんですけどね。いやぁ、鮨店ってとてつもなく厳しいところだと思っていたら、ゆるい現場だったので驚きましたね。故郷の北海道では父親の言うことすべてに服従していましたから、厳しい環境には慣れていたんです。ですから調子がくるいましたね(笑)、なんてフレンドリーな人々なんだと。もっと厳しくしてもらわないと困る、修業にならないじゃないか、と本気で思っていました」
その後、ひとりの親方に師事し、毎日を共に過ごすことに。それこそ24時間、鮨職人の生き様を目の当たりにしながら、厳しい環境に身を置くことの大切さを理解していく。
10年以上にわたる修業時代を振り返っていちばん学んだことは、スキルや経営理論ではなく、人間そのものだった。
「環境が人間に与える影響は大きいんですね。生ぬるい環境にいると、人間として成長することがむずかしい。それ以前にスキルも上達しないし、チーム力もつかない。また、自由になるおカネが手に入るようになると、人間はあとさき考えずに無駄遣いをしてしまう。ちいさなウソをついて自分の身を守ろうとする。理屈では分かっていながらもついつい油断してしまい、チャンスがあるのに今の環境にとどまってしまおうとする。修業時代を通して私が見てきたのは、そうした人間の弱さみたいな部分だったように思います」
あえて厳しい環境下に身を置き、自分にプレッシャーを与えつづける。それが長野氏の信じてきた道なのだ。
「ハイッ!」の元気が、
仕事する手元までも変えていく
こう述べてくると、「海味」は堅苦しい雰囲気の中で鮨をいただくようなイメージにとらわれてしまいそうだ。
しかし、まったく逆なのである。元気で明るく、きびきびと動くスタッフとの爽やかなチームプレイの中、絶品のにぎりやひと品がつぎつぎと出てくる穏やかな店づくりを心がけている。
「食事は笑ってするものです。ですから、笑っていただきたいと常々思っております。笑いのネタは何でもいいんです。私たちのことで笑ってもいいですし、お客さまの仕事の出来事でも、ちょっとした冗談でも何でも。笑ってもらえる雰囲気をきちんと整えておきたいと強く思っております。カウンターの端から端まで、そんな笑いに包まれていたら幸せです。逆にいうと、その雰囲気を壊してしまいそうな行為には、私は断固として厳しい店主になります。カウンター上で不快な音を立てたり、言葉を発したりね。そういう言動は、カウンターで食事をするという鮨の食文化をないがしろにする行為だからです」
長野氏のちょっとした指図に、ふたりのスタッフは元気よく返事をする。「ハイッ!」というシャキッとした言葉が何度も空間を飛び交う。鮨を愉しもうというテンションがますます上がっていく。
「鮨屋はレストランではありません。つくりてと食べてが対面しながら、つくりあげていくそれぞれのドラマだと思っています。お客さま同士の会話のひとことも、次のひと品のヒントになることだってあります。耳の感度は大切です。いつも耳をすませています。焼き場の壁の向こうのスタッフのヒソヒソ声までちゃんと聞こえてきますから(笑)」
自らの五感を精一杯に使いながら、仕事に集中する長野氏。職人でありながら、自らがつくったひと品を見て、思わず美意識と本能で食いつきたくなるほどのものをつくろうという意気込みに満ち溢れている。オリジナル料理の豊富さは、そうした職人魂が生み出したものだ。
「斬新なひと品を、心をもっておつくりしています。よその店にマネされた時点で、もうその料理はつくりません(笑)」
長野氏が考える店主の心得
01 お客さまに笑ってもらうこと
02 自分でも食いつきたくなるひと品
03 空間の清潔感
暖簾の継承ではなく、魂の継承であってほしい
外がまだ明るい仕込みどきから、店内では「ハイッ!」というシャキッとした声が何度も響く。仕込みという自分たちの舞台がもうはじまっているのだ。
長野氏と同じく、清潔な丸坊主頭のふたりのスタッフは、自分たちの「ハイッ!」の声で自分の気持ちに元気を送り、前向きの精神状態をつくりだしているようにも見受けられる。だから、その声は明るく、力強い。心身ともに元気が乗り移り、長野氏から任された、鯛に包丁を入れる手元までもはつらつとしている。
産地から直送されてくる魚が入荷すると、元気よく「ありがとうございます!」と、魚屋さんにあいさつする。長野氏も、ときどき出入りする協力会社には、とても謙虚で腰が低い。
「あいさつと返事。それから、ウソをつかないこと。これができる人が、スキルが上がる最大の条件なんです。そういう人はチームワークにもいい影響を与えます。今働いているふたりとも、将来は独立をめざしているんですよ。暖簾分けみたいなカタチには、私はまったく興味がありません。独立したら、魂を継承していってほしいと思っています」
修業時代、厳しい環境を求めながら、技と感性を磨いてきた長野氏。そのときに培った、厳しいからこそ成長できるという考え方が「海味」にしっかりと根ざしている。
檜のカウンターの角に立ち、長野氏自らも仕込みに入る。大間の本マグロに包丁を入れ、部位ごとにネタケースへと収めていく。
「ほぉー、美しいねぇ! 見てよ、この身のきらめき。早く握ってお客さんに喜んでもらいたいねぇ」
最高の素材に思わず微笑む姿に、純粋な職人魂を見たような気がした。
すし処 海味(うみ)
住 所:東京都港区南青山3-2-8 三南ビル1F
電 話:03-3401-3368
定休日:日曜・祝日
時 間:18:00~23:45(L.O.)
交 通:地下鉄銀座線「外苑前駅」より徒歩5分
文:高木 正人 写真:ボクダ 茂
2014年02月20日 掲載