独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
孫ェ門
店主 河合 浩
お客様の「おいしい」のひと言がすべてです。
河合 浩(Hiroshi Kawai)
1962年、静岡県生まれ。大学卒業後、ファッション関連のメーカーに就職し、営業職に携わる。33才で飲食の世界へ。和食店で4年間修業する。その後、前勤務先のメーカーが飲食業の経営に乗り出したことから要請を受け、和食店の店長兼料理長を務める。2010年12月、独立を果たし、「孫ェ門」をオープンする。
2013年9月掲載
33才での転職。到達点のない、料理の楽しさに引きつけられて
「ありそうでない店」ーーそんなふうに「孫ェ門」を言い表すお客様が多いという。恵比寿から代官山にかけては美食の激戦区。洒落たカフェやイタリアンなどの洋食店は数あれど、しっかりとした和食を供する店は存外に少ない。40代以上の男性の利用が多いというのもうなずける。
「大人の男性がゆったりとくつろげる場所をつくりたいと開いた店です。でも、実際には、まだまだ実現できていないんですけれどね」
言葉少なに語る店主の河合浩氏。謙虚な姿勢は、媚びることのない素朴な店の佇まいに通じるものがある。 そのように告げると「話せなくて、すみません」と逆に恐縮されてしまった。同年輩、同じような立場にある人たちの多くが、わが店の魅力やポリシーを滔々と語るのに対し、あまりにも慎ましやかに思われる。
そこには、河合氏の異色の経歴が関わっているのかもしれない。大学で機械工学を学び、営業職に9年間携わった後の転職。和食店で修業を始めたとき、33才になっていた。
「当時の仕事もとくに自分のやりたかったことではありませんでした。この先、どうしようかとなったとき、学生時代にアルバイトをして興味もあった飲食がいいんじゃないかと、あまり深く考えずに決めました」
飲食業界においては、かなり遅めのスタート。希望する調理の職には、簡単に就くことができなかった。
「年令的に厨房では雇ってもらえません。ホールから始めて1年くらいして、やっと移ることができました」
ほぼ未経験から始めた仕事。戸惑うことや苦労も多かったはずだが、それ以上に料理をつくる楽しさに夢中になっていったという。
「最初は将来、自分で店を持つなら料理をできたほうがいいだろうなくらいの気持ちでした。でも、実際にやってみると、すぐに興味が湧いてきました。料理には到達点がないというおもしろさがあります。今も、そう思い続けています」
人気店の店長兼料理長を経て独立
小規模で成り立たない現実に直面
次の転機が訪れたのは4年後、河合氏が「そろそろ、他の空気も吸ってみたいな」と感じ始めていた頃のことだった。以前に勤めていた会社が飲食業に乗り出し、新店の人手が足りずに声をかけられたのだ。
「ちょうどタイミングがあって、和食店の店長兼料理長になりました」
それが、あの話題を呼んだ「村上製作所」。一見、飲食店とは思えない製作所そのものの外観と本格和食という組み合わせが評判に。一躍、人気店へと成長していった。
「入りづらいんですが、一度来ると人に教えたくなるような店でした。一からメニューを考えて、オープンキッチンからお客様の反応を間近に見られるのが楽しかったですね」
ただ、元より独立を前提で飛び込んだ世界。当初は数年のつもりだったが、立ち上げから携わった愛着もあり、結果的に9年をそこで過ごす。さらには、理想的な店舗物件と出会うのに時間を費やしたこともある。
「一番大きかったのは、やはり金銭的なことです。土地勘のあるこのあたりで、比較的安いところでと考えていました。でも、銀行の借り入れのための事業計画書を書いてみると、どうしても採算が取れないんです」
飲食の仕事に携わるなら、どんな小さな店でもいいから自分の店を持ちたいという夢を抱く人も多いだろう。しかし、河合氏はその”小さな店”こそ、経営を成り立たせるのが厳しいという現実に直面する。
「もっと小さい店で、アルバイトと2人で始めるつもりでした。でも、想定して数字を出してみると、小規模な店ではよほどの高級店でない限り、売上の限界があるのがわかってきました。それから、見合った広さの物件を探すのが大変でした」
恵比寿駅からそう遠くなく、それでいて駅前の喧噪を逃れた現在の地に店を興したのが2010年12月。河合氏、47才のときのことだった。
河合氏が考える店主の心得
01 計画性と思い切りの良さを持つ
02 作業の一つひとつに愛情をこめる
03 毎日の仕事を楽しむ
お客様が来てよかったと思われる理想の店に少しでも近づきたい
今はなき「村上製作所」に隣接するエリアに立地しながら、「孫ェ門」の店舗形態は大きく異なる。「造りのおもしろさばかりが先行しても、続けられないでしょうから」と話題になるより、地元の人に長く愛される店を目指したからだ。
ガラス張りの店構えは気軽にふらりと立ち寄れる雰囲気。開店から半年ほどは集客に苦労したが、近隣の人々を中心に口コミで広まり、客足は徐々に上向いて、3年目に入った。
お客様の目当ては旬のもの、素材重視の料理の数々。魚の一夜干しから漬け物、豆腐まで自家製にこだわっている。丁寧な仕事が光る本格和食は、まさにこの界隈の大人たちが求めるものと合致したのだろう。
「恵比寿が和食の穴場とは意識していませんでした。自分のできることがたまたまそうだっただけです」と控えめな河合氏。むしろ、「理想の姿には遠い」という課題を口にする。
「テーブルの間の距離をもっと広げたいのですが、これ以上、ゆったりさせると成り立たなくなる。だからといって、単価も上げたくない。経営のバランスは本当に難しいですね」
では、「現在の仕事の醍醐味は?」と改めてたずねると、「お客様の『おいしい』のひと言」という至極まっとうな答えが返ってきた。
「お客様に『おいしい』と言っていただけるのがすべてなんですよ」
仰々しい物言いをしない河合氏だからこそ、その言葉は響いてくる。ストンと胸に落ちた。
「お客様が増えてきた今、オープン当初に描いたイメージに少しでも近づけるチャンスだと思っています。たとえば、現在のスタッフで十分なサービスができないなら増員する。ゆったりと座っていただくには、ある程度の売上も必要になる。1店舗で採算がギリギリなら、店舗展開も視野に入れなければいけないかもしれません。お客様に今日もここに来てよかったと思ってもらえる理想の店をつくるためには、どこかに負担をかけなければならないんです」
理想を追求する真摯な気がまえを河合氏は持ち続けている。「孫ェ門」がどのような進化を遂げていくのか、目が離せなくなりそうだ。
孫ェ門
住 所:東京都渋谷区恵比寿西2-10-2 高梨ビル1F
電 話:03-3461-3055
定休日:日曜日
時 間:18:00~翌1:00(L.O.23:30)
交 通:各線「恵比寿駅」より徒歩7分
東急東横線「代官山駅」より徒歩7分
文:西田 知子 写真:ボクダ 茂
2013年09月19日 掲載