独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
浅草 すし游
店主 岡林 睦生
カウンターは舞台ですから、いつも笑顔を心がけています。
岡林 睦生(Mutsuo Okabayashi)
鹿児島県生まれ。工業高校を卒業後、電気会社に就職。営業・設備の仕事に2年間携わる。20才で上京、同級生がすし店に勤めていたことをきっかけに、飲食の世界へ。以来20年間、すしの道ひとすじに修業を積み、店長の経験を経て独立。1987年、40才で「浅草 すし游」をオープンする。
2013年6月掲載
ネタは天然もののみを使用 手渡しで究極のおいしさを追求
玄関でまず靴を脱ぐのが「浅草 すし游」の流儀。フローリングの床は、夏ひんやり・冬ぽかぽかの床暖房で心地よい。外部の視線を遮った造りで、店の外からはこの快適さも窺いしれない。多くの著名人がお忍びで、たびたび訪れるというのも納得できる。まるで親しい友人の家に招かれたような、特別なプライベート感あふれる空間づくり。こんなところからも店主、岡林氏のこだわりが伝わってくる。コモや氷冷蔵庫などの道具類、屋久杉一枚物の飯台などの食器類に至るまで決して妥協を許さない。そして、何よりこだわり抜いているのがネタである。
「食材には一番気をつかいます。ネタはすべて天然もののみ。養殖や冷凍ものは一切使っていません」
ネタの扱いについても、他の店とは一線を画している。氷を細かく砕いた中で、魚を定温熟成させるという独自の手法だ。
「魚は仕入れたその日には使いません。正直、締めたての鯛や平目を食べてもコリコリとしているだけで旨味がなく、おいしいと思わなかったんです。ですから、自分で店を開いたら魚を寝かせてみようと決めていました。最近は流行ってきているようですが、開店した当初はそんな店は全くなかったんですよ。そういう経験もなかったので、最初は実験のようでした。何日寝かせればいいのか、納得いくまで何度も試しました」
食べごろを正確に判断する経験値と技があってこそ、ベストの状態でお客様に提供できるのだろう。
さらには、提供の方法も独特。にぎりは一貫ずつ、お客様に手渡しでお出しする。これはシャリに空気を含ませ、ホロホロとほぐれる理想の食感を楽しんでもらうため、究極のおいしさを追求した結果だという。
「わかってくださる方は必ずまたいらしてくれます。締めたての魚じゃなければいやだという人は来ないでしょうが、感覚の問題ですから。うちのすしを認めてくださる方々に対して一生懸命でありたいと思います」
食材の質を落とすくらいなら
すし屋をやめたほうがいい
いかにも職人といった風情の岡林氏。修業時代の苦労話を聞き出そうにも「そのとき、そのときの先輩にかわいがっていただいたので」と多くを語らない。40才で店を立ち上げた当初、客足がまばらな状況でも気をもむことはなかったという。そうして職人然としていられたのは、一緒に店を切り盛りする女将の美智子さんの存在が大きいにちがいない。
「私は職人なので、魚をどうしようというようなことしか頭になかったんです。経営のほうは女将に任せているので、今日はイライラしているなと思うときもありましたけれどね。暇な時期に歌をうたいながら片付けていると、『よくものんきに歌なんてうたっていられるわね』なんて言われたりね(笑)。でも、だからこそやっていけたんだと思います。夫婦ふたりでギスギスしていたら、雰囲気が悪くなってしまうじゃないですか」
開店後数年でバブル崩壊に遭う。その影響は大きかったはずだが、岡林氏は自分の信念を貫き続けた。
「景気が悪くなったからこそ、安易に食材の質を落としてはいけないと考えました。お客様を裏切ることですからね。『あの店、変わったよね』と言われれば、店の信用に傷がつきます。商売がうまくいかなくなってネタを落とすくらいだったら、すし屋をやめようとふたりで話し合っていたんですよ。時節柄、売り上げが落ちても、自分のすしは曲げませんでした」
いつも同じ、変わらない姿勢は食材に対するこだわりだけではない。サービスの面でも、店主の心得として掲げる「常に笑顔で元気」を肝に銘じ、その通りに振る舞ってきた。
「修業中も、後輩たちから『先輩は、いつも楽しそうな顔をしていますよね』と言われたものです。仕事自体が楽しいというのもありますが、カウンターは舞台ですから、お客様には常に同じ顔を見せられるようでなければ。いつも笑顔を心がけています」
インタビューに立ち会っていた美智子さんも思わずうなずき同意する。
「この人のいいところは平常心。機嫌のいい・悪いの波がなく、カウンターに一歩入ったら笑顔になるんですよ。夫婦喧嘩をしていてもね(笑)」
岡林氏が考える店主の心得
01 常に笑顔で元気
02 いつも平常心で
03 自分がされて嬉しいことをする
独立を目指すには基礎固めからチャンスは自分でつかみとるもの
浅草の地に20数年、江戸前寿司の名店として広く知られるようになった今でも、岡林氏は挑戦の気がまえを忘れていない。有名なイタリアンシェフ、石崎幸雄氏とのコラボレーションもそのひとつだ。
「仲のいいシェフから誘われたんです。最初は無理だよと思っていたのですが、いざ始めてみるとお客様がすごく喜んでくださいました。反響が大きくて、これまで7回開いています。お客様には何度もいらっしゃるリピーターの方も多いんですよ」
コラボからヒントを得て、ケータリングも開始。「店でお客様を待つだけのすし屋」ではなく、お客様の要望に応えてこちらから出向くという新たなサービスを提供している。
一方、人材育成にも力を注いでいる。今まで3名の独立者を輩出。いずれも繁盛店に成長しているという。
「技術職ですから、ちゃんとした仕事を学べる店で最低5年は働くことです。その後で次のステップとして、武者修業のようにいろいろ見て回ればいいでしょう。『地方に戻って店を開くとしても高級店はできないから』という人もいますが、高級店の確かな技術を身につければ、それを武器にいくらでも店をやる上で、選択肢が増えるのです。目先のことだけで動かず、若いうちはみっちりと基礎を固めることが大切です」
「うちに来ている子は皆しっかりと身につけたいという気持ちがあると思っていますので」という美智子さん共々、岡林氏は応援を惜しまない。将来、独立を目指す読者に向けても力強いメッセージを送ってくれた。
「何に対しても自分からやろうという気持ちが必要。先輩より仕事ができるようになろうとか、腹の中でなにくそと見返すくらいの強い想いを持ってもらいたいですね。独立して成功するチャンスと技術は、自分でつかみとるものです」
浅草 すし游
住 所:東京都台東区西浅草3-16-8
電 話:03-3845-1913
定休日:不定休
時 間:17:00~23:00(L.O.)
交 通:つくばエクスプレス線「浅草駅」徒歩1分、
地下鉄銀座線「田原町駅」徒歩5分
文:西田知子 写真:yama
2013年06月06日 掲載