独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
吟漁亭 保志乃
片山哲郎
リスクを取らなければ、自分のやりたいことは実現できない。
片山哲郎(Tetsuro Katayama)
1960年、広島県生まれ。高校卒業後に上京し、調理師学校に進学。在学中より本格的な料理を学ぼうと、築地の老舗料亭で修業を始める。28才で割烹居酒屋の料理長に就寝、30才で独立を果たす。4坪の店から始まり、34才のときに「吟漁亭 保志乃」を開業。独立者を輩出し、現在は姉妹店「吟漁亭 楽座」を任せている。
2012年7月掲載
銀座の中心地に17年”いい酒・うまい肴”に偽りなし
銀座といえば、誰もが成熟した大人の街のイメージを抱くのではないだろうか。しかし、街の風景は大きく変貌してきている。飲食業界に限れば、チェーンの居酒屋ばかりが増える一方、店主の個性が感じられる個人経営店は姿を消しつつある。 「こういう店って、少なくなったね」
お客様の間から、自然とそんな声が上がる。「吟漁亭 保志乃」には、片山氏の人柄が表れているようだ。店名に添えられた”いい酒・うまい肴”に偽りなし。ここでは肩肘を張らずに、ゆったりとした上質な時間を過ごすことができる。 「お客様に『他とは違う』と言われると、やはりうれしいですね。自分たちでなければできない店なんだと改めてやりがいを感じます。そうでなければ17年間も続けられません」
遡れば、18才で飛び込んだ飲食の世界。当時より、独立して自分の店を持つことを強く志していたという 「親父が会社を経営していたのに反発して、家を出たんですよ。上京して住み込みで働きながら、調理師学校に通いました。すると、学校より働くことのほうがおもしろくなりましてね。築地の老舗料亭で本格的な修業を始めました。ところが、1年くらい経って、やっと仕事が覚えられるとなったら、下の子が次々とやめていく。ずっと洗い場兼追い回しです。毎日のように自分もやめたいと思いましたが、親父の会社が倒産して、帰るところがなくなってしまったんです。あとは、自分で店をやるしかないと考えるようになりました」
気持ちがかたまれば、仕事にもいっそう身が入ったにちがいない。職場での不利な立場に対しても、受け止め方が変わっていった。 「結局、3年くらい追い回しをやらされたのですが、1つの持ち場、たとえば焼き方なら焼き方に入るのではなく、オールマイティにいろいろなところに回されたので、短期間である程度できるようになりました。考えようによってはラッキーでした。あの経験がなければ、独立はもっと後になっていたでしょうね」
さらなる修業を経て、28才の若さで新宿の割烹居酒屋の料理長に。店の立ち上げから人材育成まで、マネジメント全般を身につける。 「そこは初めから独立するためのシミュレーションだと考えていました。自分のお金を一銭も出さないで、人にやらせてくれと言ったところで、そんな甘い考えは通用しません。リスクを取らなければ、自分のやりたいことは絶対に実現できません」
お客様のニーズに応えながら
着実にステップアップを果たす
「どうせやるなら日本一のところで」と意気込んで、片山氏が選んだ場所が銀座。雑居ビルの地下2階、10人も入ればいっぱいになる4坪の店からのスタートだった。 「独立さえすればやりたいことができると思っていたのが、そうじゃないんだとすぐに気づかされました。自分の出したいものを出すには、材料費が要るし、家賃だってかかる。売上を上げて、お客様を増やしていくしかない。そうして余裕ができて、初めて好きなことができるんです」
とはいえ、30才で初めて構えた自分の店。余分な力が入るのも、無理からぬ状況ではあった。 「修業してきたまんまをやりたかったんですよ。最初はコテコテの懐石でした(笑)。でも、きれいにつくるには時間がかかって、お客様をお待たせしてしまう。全然受けなかったんです。それよりもイワシの丸干しなどをポンと出したほうが受けがいい。ふだん接待で高級店を利用しているようなお客様には、かえって田舎風のおからなどが喜んでもらえる。こっちのほうがいいんだと知って、そういう方たちがほっとできる店にしていこうと思いました」
まさに、片山氏が「吟漁亭 保志乃」の原点を見出した瞬間といえるだろう。メニューにお客様に喜んでもらったものをどんどん取り入れ、大きく方向転換。2年が過ぎる頃には手狭になり、10坪の広さのところへと移転。さらに、その2年後、34才のときに現在の地へ。銀座の一等地に位置しながら、ゆとりのある空間を備え、なおかつフリーのお客様も入りやすい1階の店舗へと着実にステップアップしてきた。 「サービス業なんですから、とにかくお客様のニーズに合わせることが大事です。そして、いただく代金と提供するもののバランスがとれているか。お客様に納得していただけるよう、お客様の要望に応えながら、この店は進化してきたんですよ」
片山氏が考える店主の心得
01 お客様のニーズに応える
02 代金に見合ったものを提供する
03 常にお客様の様子に気を配る
独立者を力強くサポート 世界にネットワークを広げたい
現在では銀座にもう1店舗、個室が中心となる姉妹店「吟漁亭 楽座」を運営。店から送り出した独立者に任せている。 「スタッフは皆、将来的には独立させたいと考えています。若い人たちにはチェーン店などに依存しないで、お客様があの店に行きたいという選択肢に入る店をつくってもらいたいと思います。こぢんまりとした店でもいいので、自分にしかできない店にしてほしい。そのために、いろいろな支援も行っています。こうしてネットワークが広がっていくといいですね」
人と人とのつながりを何よりも大切にする片山氏。その視線は、さらに遠く世界にまで向けられている 「和食は世界中で注目されています。今、マレーシア人のスタッフがいるのですが、将来は自分の国で、懐石料理だけではなく、日本の郷土料理やそばなどもできる店を出したいと言っているんですよ。マレーシアに限らず、チャンスがあれば海外に進出したいですね。日本でフランス料理やイタリア料理が広まったように、世界に和食を広めたいと思います」
最後に、飲食の世界を志す人へのメッセージをお願いすると、片山氏は独立を決意したときと同じ、熱い想いをこめた言葉をくり返した。 「本当にやりたいことがあるのなら、思い切ってリスクを取ることです。がんばればがんばっただけ、必ず自分に返ってくる。これだけは間違いのない法則です。もしも失敗したとしても、そこから学ぶことがたくさんあります。失敗を恐れずに挑戦してほしいですね」
吟漁亭 保志乃
住 所:東京都中央区銀座7-5-12 藤平ビル1F
電 話:03-3572-0031
定休日:日曜・祝日
時 間:11:30~13:30(土曜を除く)
17:00~23:00(平日)
17:00~翌3:00(金曜・祝前日)
交 通:地下鉄各線銀座駅徒歩5分
文:西田知子 写真:ボクダ茂
2012年07月19日 掲載