独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
リストランテ カシーナ カナミッラ
オーナーシェフ 岡野 健介
インプット・アウトプットし続けることが
独創的で極上の味わいをもつ料理を生み出す
岡野 健介(Kensuke Okano)
1981年、ベネズエラ生まれ。高校卒業後、調理師専門学校で学ぶ。三軒茶屋「ペペロッソ」にて6年半勤務、銀座「トラットリア・バッフォ」で修業した後、イタリアへ。トリノの星付きリストランテ「ラ バリック」で4年半修業し、3年目にはセコンドシェフに就任。2017年に帰国。現在「リストランテ カシーナ カナミッラ」のオーナーシェフとして現場で腕を奮う。
飲食業へと進んだ理由は
「最初に出会った仕事だから」
東京・中目黒の名所、目黒川。春は川沿いを満開の桜が彩り、賑わいを見せる。
そんな目黒川沿いにあるリストランテ カシーナ カナミッラを経営するのは、岡野健介氏。その料理は、美しく、独創的で、唯一無二だ。
例えば「アニョロッティ・ダル・プリン」。牛、豚、ウサギの肉などを包んだ薄いパスタ、いわゆるラビオリだが、イタリアで学んだこのイタリア・ピエモンテの郷土料理を、岡野氏は日本に持ち帰り、日本人に向けて改良を重ね、極上の味わいを実現した。
岡野氏は高校卒業後に調理師専門学校に入学、卒業後は三軒茶屋の人気店「ペペロッソ」で働いた。その後、イタリア・トリノの星つきレストラン「ラ バリック」で研鑚を積み、帰国後に「カナミッラ」のオーナーとなった。料理人の道を早くから歩んできた岡野氏だが、意外にも、最初から料理をやりたくてこの世界に入ったわけではないという。
「そんな大したきっかけはないんです。率直に言うと、座って勉強したくなかったというのと、なるべく早く働きたいという思いがありました。それと、父が海外で仕事をしていた関係で僕も海外で過ごすことが多く、僕自身ベネズエラ生まれということもあり、将来は海外で仕事をしたいと考えていました」
そんな理由から、中学卒業を前に、進学せず働くため、下調べのつもりで築地市場を見学。しかし、まだ自分には早いと感じ、普通高校に進学した。
高校3年生の夏休み、父の伝で紹介された「ペペロッソ」にて1ヶ月間、無給で働く機会を得た。それがきっかけで、卒業後の進路として、飲食業の仕事を選択した。
「最初に出会った仕事が飲食業だったから、そのままずっとやっているという形です。もし、その時に違う仕事に出会っていたら、それはそれで好きになったと思います」
かつての苦境を越える
イタリア名店での昇進の重み
高校卒業後は調理師専門学校に1年間通い、その後再び「ペペロッソ」に戻り、6年間勤務。そして27歳でイタリアに渡り「ラ バリック」の門をたたいた岡野氏は、3年目にはセコンドシェフに昇進した。
「人に恵まれたんです。『ラ バリック』にはずっと2番手のイタリア人シェフがいたんですが、その方がお店を抜けることになり、繰り上がったのが僕でした。その彼が、『今後日本で活躍するなら、この店で役職に就いたほうがいいと思うよ。僕はそういう望みはないから、君がこのポジションをやったらいい』と言ってくれて。セコンドシェフになると、皆さん今まで以上に情熱をもって指導して下さり、家族と同じように接して下さいました」
岡野さんの真面目で誠実な人柄と、絶え間ない努力が認められたのだろう。しかし岡野氏は冷静に振り返り、分析する。
「海外は仕事に対してすごくシビアですし、外国人ならなおさら、ある程度認めてもらわないとそういう扱いにはならなかったでしょうね。その意味で、僕がイタリアの名店に行ってもやっていける土台を作って下さった『ペペロッソ』の遠藤オーナーシェフに、本当に感謝しています」
聞けば、不慣れなイタリアでの生活を苦と思わずに過ごすことができたのは、「ペペロッソ」での厳しい修業があったからだという。
「6年半、風呂ナシ、家賃3万ほどのアパートに住んでいました。給料はそれなりに頂きましたが、一般的な家賃7万の家に住むと、それだけ貯金できる額が少なくなります。いずれ海外で働きたいと伝えていたので、シェフが『今は安いところに住んで、できるだけ貯金しろ』と、アパートを探してくれたんです。毎日仕事が終わると銭湯に走っていって、間に合わなくて電気が消えている浴場でやっとシャワーだけ浴びる、そんな生活だったので、イタリアでお湯が出ないことがあっても、何とも思わなかったですね」
厳しさは、違うところにあった。
「3年目でセコンドシェフになってからは、仕事の厳しさを感じるようになりました。ミシュランの星がついているお店が、もしも星を落としてしまったら、それは店やシェフ、家族までもが、この先やっていけなくなるかもしれないことを意味し、自分が償える範囲を超えてしまいます。そのことを日々、肌で感じていたので、プレッシャーと言うか…日本で味わったことのない感覚でしたね」
経理と経営を学んで得る
理念を持つことの大切さ
そんななか、カシーナ カナミッラの前のオーナーが岡野氏を訪ねてイタリアまでやってきた。かねてより岡野氏は店を引き継ぐことを打診されていたが、いよいよ本格的に話が動き出したのだ。
「僕の料理を召し上がって「そろそろ日本にきて引き継ぎませんか」と仰ったんです。ちょうど帰国のタイミングが合ったこともあり、2017年に帰国しました」
以来、シェフだけでなくオーナーとして店を切り盛りするようになったが、そこには今までに経験したことのない難しさがあったという。
「仕事上のお金の使い方はわかっているつもりでしたが、今思えばかなり大ざっぱでしたし、給料計算したり振り込みをしたりといった経理の仕事をしていると調理をする時間が大幅に削られたので、午前2時、3時まで残業することもありました。でも、一度すべての業務を自分でやってみて、きちんと理解できたのはよかったと思います。今は経理の方にお願いしていますが、自分の店のお金の流れがわからないのはオーナーとしてやはりまずいので」
そして今、岡野氏は経営関係の書籍を読むことに力を入れている。
「今までなんとなく理解してやってきたことを、細かいところまで数字や理論に落とし込んで理解できるので、とても役立っています。最近は、ある企業の経営者が書いた本を読んでいるのですが、そのなかに「一期一会の精神と最高のサービス」とありました。これはまさに僕がいつも大切にしていることと同じで、改めて肝に銘じるいい機会となりました。大企業の社長でも大事にしている理念なのだと共感しましたし、僕自身、これさえ大事にしていれば、ほかは全部すっ飛ばしてもどうにかなる、それくらい重要なことだと思っています」
岡野氏の成長はとどまるところを知らない。常に数十通りの料理のアイデアを考え、頭の中で取捨選択し、そのうちいくつかを試作し、ブラッシュアップしている。オリジナリティにこだわる理由の一つは、中目黒という土地だ。さまざまな飲食店が並び、舌の肥えた富裕層が集うこの街で存在感を放つためには、独創性が重要なのだ。
「イタリアから帰国してから一年半くらいは『イタリアの星つきレストランから帰国したシェフの店』ということで、メディアからの取材もあり、経営状況は良かったんです。でも、持ち帰ってきたネタはすぐに尽きてしまいます。それに、店に来て下さるお客様の多くはイタリア旅行の経験がある。イタリアに行けば本場の料理が食べれる方々に足を運んで頂くためには、この店でしか食べられない料理をお出しするしかないんです」
常にアイデアをインプットするため、空いた時間にはさまざまなレストランへ行って食事をし、華道の教室にも通う。そうして得たアイデアを、常にアウトプットし続ける。その独創的で美しく、極上の味わいをもつ料理の数々は、岡野氏の「料理をおいしくするのはもちろんですが、ほかにはないサービスと時間を提供したい」という執念の賜物なのだ。
岡野氏が考えるオーナーシェフとしての心得
01 インプットとアウトプットを絶やさない
02 目の前の仕事に全力を尽くす
03 一期一会の精神と最高のサービス
時代の流れは速くとも
仕事は一生続くもの
岡野氏に、今後の展望を聞いた。
「たくさんありますね。この店ではお客様にもっと喜んで頂きたいですし、お客様と距離が近い小さな店や、惣菜屋にも興味がありますし…僕たちなりのやり方で、この地域のお役に立てることをやっていきたいですね」
もうひとつ、飲食業界を目指す人々へ、アドバイスを聞くと――
「焦らずに、当たり前のことを地道にやっていくことが大切だと思います。時代の流れは速いけれど、仕事は一生、続いていくものですから。人生を60、70年と長いスパンで考えて、戦略的に、全力でやっていくのがいいんじゃないかな。そうすることで、将来の道が拓いていくのではないかと思います」
リストランテ カシーナ カナミッラ
住 所:東京都目黒区青葉台1-23-3
青葉台東和ビル2F
電 話:03-3715-4040
時 間:【平日】
11:30~15:00 (13:00L.O.)
18:00~22:30 (20:00L.O.)
【土日祝】
12:00~15:00 (13:00L.O.)
18:00~22:30 (20:00L.O.)
定休日:毎週火曜日+不定休
交 通:各線「中目黒駅」より徒歩5分
文:瀬尾 ゆかり 写真:yama
2021年11月18日 掲載