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独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ

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匠 進吾

店主 高橋 進吾

「美味しかった」より「楽しかった」
と言われるお店づくりをしたい

高橋 進吾(Takahashi Shingo)

1978年、茨城県生まれ。四谷「すし匠」に16才で入店し、18年間修業する。29才からの3年間、五島列島で漁師や宮城県の酒蔵で日本酒づくりなど、視野を広げるためにさまざまな経験を積む。2013年5月、独立を果たし、南青山に「匠 進吾」を構える。


 

指揮者のように場の空気を
コントロールするのも私の仕事

なめらかな包丁さばき、すしを握る一挙一動が美しい。まさに職人技、流れるような所作に惚れ惚れとして惹きつけられる。すし店のカウンターがライブステージにたとえらえる所以はこんなところにあるのだろう。
 とはいえ、主役はあくまでもお客様。店の空気感を何より大切にする高橋氏は、自分の役回りを「指揮者」と表現する。
「空気感をつくるのは私たちではありません。お客様です。20代30代が中心の賑やかなお店に中高年のご夫婦が来られると、場違いな気がしますよね。ワイワイ騒いでいる人がいれば、店全体の雰囲気が崩れてしまいます。そういう人たちに対して、いかに言うべきことをちゃんと言うか。『すみません。声のトーンを少し落としてもらってもいいですか』と伝えるのも、私の仕事です。逆にお客様がシーンとして緊張感漂う場面では、どなたかをいじって盛り上げることもあります。わーっとなっている場合は抑えたり、ときには盛り立てたり、指揮者のように場の空気をコントロールすることが大事です」
 何度注意しても変わらない人には退場を願う場合も。一方、素直に応じてもらえた人には「今日はすみませんでした」と帰り際のフォローも怠らない。お客様との距離が近いすし職人は、気配りと思いやりが不可欠な仕事である。
「お客様を理解しようと寄り添うことを一番に心がけています。たとえば、わがままを言う方がいれば、なぜこんなことを言うのだろうと考えるようにしています。遅刻するお客様にも、やむを得ない事情があったのかもしれません。相手の立場になって、柔らかな接客をしたいと思います」
 美味しいものを提供するのは当たり前。お客様から「美味しかった」より「楽しかった」の声が聞きたいという。こんなところに、「匠 進吾」が多くの舌の肥えた人々に支持され続ける理由があるにちがいない。
「運良くお客様に受け入れていただいているだけで、特に意識して何かやっているわけではありません。ただ、『居心地がいいね』とよく言われます。そういう空間づくりが自然にできているということじゃないでしょうか。かなり気をつかう商売ですが、その分だけ人に感謝される。こんなに『ありがとう』と言ってもらえる仕事は他にないですよね」

名店「すし匠」で18年間修業
漁師や酒造りなど幅広い経験を積む

 16才で名店「すし匠」に入店し、18年間の修業を重ねて、腕を磨いてきた高橋氏。そのターニングポイントを作り出してくれたのも、やはりお客様だった。
「板場に入り始めた頃、7年目か8年目のことです。お客様を目の前にして意識が変わりました。昔からの常連のお客様には、子どもの成長を見るような感じだったのかもしれません。お店の玄関掃除をしていた子が板場の中に入れるようになったのですから。『よくがんばったね』『これからもがんばるんだよ』と声をかけてもらえる喜びを知り、自分はこの商売をずっとやっていくのだろうなと感じました。今思い返せば、そのとき決意が固まったのだと思います」
 腹をくくれば、見える景色が違ってくる。つらいことばかりに感じていた修業の日々が変化していった。
「それまではやらされている感じだったのが、自分からやろう、もっといろいろなものを吸収しようという気持ちになりました。叱られるといつもいやだなと思っていたのが、納得がいって、すぐに謝れるようになりました」
 こうして高橋氏は成長スピードを一段と加速。メキメキと力をつけ、次なる転機を迎える。29才から3年間、一生の仕事と決めたすしから離れる生活を送ることになった。
「親方から『行ってこい』と言われて、全国各地を巡りました。若いうちからこの世界に入った私はすしの仕事しか知りません。小さな世界の常識を当たり前のように思ってしまっていたので、『外の世界を見てきなさい』と送り出されました。九州の居酒屋から始まり、五島列島では漁師、宮城の酒蔵では半年間、酒造りを経験しました」
 30才を前にして、視野を広げる最適のタイミングだったと振り返る。その反面、すし一筋に突き進んできた高橋氏には自分自身を改めて見つめ直す機会になったのだろう。葛藤に直面し、ついには逃避する行動をとってしまった。
「陶芸家の工房に通っていたのですが、その方から『きみは何のためにここに来ているの?』と聞かれて、何と答えればいいのだろうと言葉に詰まってしまいました。そこで、初めて親方から逃げたのです。実家に戻ってニートというわけにもいかないので、運送会社でバイトを始めました。お店に包丁から何から全部置きっぱなしだったのを、それを知った後輩が渡しに来てくれました。その包丁を手にした瞬間、自分は何をやっているのだと冷静になりました」
 その後、親方に頭を下げて店に復帰。現実逃避に陥りそうになった半年間も含め、この時期のさまざまな経験は高橋氏に新たな人間的魅力や奥行きをもたらしてくれたようだ。
「具体的に何を学んだというより、自分自身が大きく変わった気がします。外に出て、いろいろなものを見て気づいたり、いろいろな人と知り合って教えてもらったりする中で人格が丸くなりました。頭も柔らかくなり、人に対してやさしくなれました」

お客様を呼び込み常連をつかむ
心を離さない接客で人気店に成長

 長い修業時代を経て、高橋さんが独立のチャンスをつかんだのは2013年。先輩の店の移転がきっかけだった。
「物件が空くので、『進吾やるか?』と親方に言われて、『やります!』と手を挙げました。後輩も育ってきて、そろそろ抜けて自分で店を持ちたいと考えるようになっていました。そんなとき舞い込んできた話だったので、このチャンスをつかまなければと思いました。実は、チャンスはどこにでも落ちているもの。それに気づけるか、気づけないかです」
 チャンスを確実にものにして、条件に合う店舗物件探しも不要。開業まではいたってスムーズに進んだ。ただし、現在のような人気店へと成長を遂げるまでには、そこから約3年の月日を要した。
「お客様の数が一桁の日もありましたし、もちろん大変でしたが、思い返せばいい時代でした。今はグルメブームで、開店当初から満席という店もありますよね。みんな借金をして始めるのですからありがたいことですが、そうなるとお客様が来るのが当たり前、料理以外でお客様を呼び込み、常連をつかむ術を知らないままになってしまいます。あの頃はブームもまだ始まりで、それほど盛り上がっていませんでした。一度来られたお客様を次に来てもらうためにはどうすればいいのか、お客様の心を離さない接客を考えながら3年を送りました。お客様には美味しさはもちろん、楽しい時間を過ごしてもらいたい。『美味しかった』より『楽しかった』と言われるお店づくりを常に意識してきました。その積み重ねが今につながっているのです」

高橋氏が考える店主としての心得

高橋氏が考える店主としての心得

01 自分が納得できない仕事はしない

02 お客様に寄り添う柔軟な接客

03 親しき中にも礼儀あり

職人の世界は努力がすべて
努力できる才能がある人は伸びる

「今が常に最高!」
 そう笑顔で語る高橋氏は、特別な目標などは掲げていない。最高の時期をいかに維持できるかのみを考え続けている。
 ただ、すしの仕事を通して多くの人々に伝えたい想いがある。
「もっと飲食の仕事の魅力を知ってもらいたい。楽な仕事ではありませんが、センスや才能ではなく自分のがんばり次第で切り拓いていけます。普通に働いていては出会えないような人と知り合い、いろいろなヒントをもらって自分の世界を広げたり、簡単には手に入らないようなものも得られたりする。チャンスをつかめば、経験的にも金銭的にも大きな夢が広がっています」
 チャンスをつかむ方法はただ1つ。「この世界は努力がすべて」と言い切る高橋氏の言葉は、すし職人を志す人たちの胸へまっすぐに刺さることだろう。
「努力できる才能がある人は必ず伸びます。努力して、いかに1本筋を通していくかが大事。お客様に信頼され、人間的に信用されるすし職人を目指してもらいたいと思います」

匠 進吾

住 所:東京都港区南青山2–2-15 ウィン青山1F

電 話:03-6434-0074

時 間:18:00~23:00(最終入店)

定休日:水曜日

交 通:地下鉄各線「青山一丁目駅」徒歩2分

文:西田 知子 写真:ボクダ 茂

2022年01月20日 掲載

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