独立希望者必見!個人店オーナーからの熱いメッセージ
有限会社 WAN Corporation
代表取締役 近藤邦篤
「鰹節を削るのは私の仕事、誰にも任せたくないですね(笑)」
近藤邦篤(Kuniatsu Kondou)
1972年、愛知県生まれ。祖母が鉄板焼き、母親が居酒屋を営む実家で育つ。調理科のある高校を卒業後、大阪辻調理師専門学校のフランス料理専門カレッジで学ぶ。19才~23才まで商業施設の大型レストランで修業。下北沢の和風ダイニングを経て、2003年6月3日「おわん」をオープン。
2007年9月掲載
「いらっしゃいませ」も言えず、お客様も見えない中での仕事
運命とは不思議なもので、夢や願いを叶えようと、前向きに強い気持ちで望んでいると、現実の方から答えを持って近づいてきてくれることがある。
名古屋にある商業施設内の大型レストランでの修行時代は、大人数の料理人を抱える仕事場だった。ブライダルの宴会が入ると、一日中同じ野菜を刻むような仕事が続いていた。ホテル並の大型厨房の奥まった一角が近藤氏の仕事場。二十歳を過ぎても、お客様に「いらっしゃいませ」を言ったこともなければ、お客様の顔さえ見ることもなかった。「いつの日か、お客様のすぐ目の前で精一杯のおもてなしをしてみたい」。そんな想いが日増しに強くなっていった。
毎週のように名古屋から上京し、東京のレストランシーンをお客の立場から研究することを欠かさない勉強家でもあった。テーマは「和のカウンターダイニング」だった。 「下北沢を歩き回って、ある店に入った時、ピンときたんです。あたたかいおもてなしと素晴らしい料理、スタッフとお客様の距離が近い。こんな店で自分は仕事がしたいんだ! 思わずその場で〈ここで働かせてください!〉とお願いしました。そうしたら〈じゃあ東京に出てこい〉と。すぐに名古屋に帰り、クルマを売って当面の生活費だけをポケットに詰め込んで上京しました。それでもアパートの部屋には電球もつけられなかった。そのお店の照明用蝋燭のかけらをもらって、夜を過ごしたものです(笑)」
近藤氏が二十歳の頃の話である。
強い想いが、チャンスや人との巡り合いを
呼び込んでくれた。
ガラス張りと錆びた銅板による和風モダンな店構え。隠れ家的な名店が点在する三宿~池尻エリアの裏通りにオープンして5年を迎える「おわん」は、フリーで入るには少しだけ勇気がいるかもしれない。軒先にメニューを掲げていないからだ。
店主の近藤氏は「メニューは作品」との考えから、メニューを野ざらしにするわけにはいかないと断言する。これはいったいどういうことか。 「店が休みの日、買い物がてら原宿の路地裏をぶらぶらと散歩していたんですね。そうしたら、街の絵描きさんみたいな感じで、ある人が露店で自分の〈文字〉を売っていたんです。あたたかみのある毛筆の感じが印象深くて、私も何文字か書いてもらい額にしました。話はそこで終わって、ある夜、お客様がフリーで入店されて。よく見るとあの時の〈書家〉さんだった。こんな偶然はまたとないでしょう。思わず〈うちのメニューを書いてください!〉とお願いしたのです」
それ以来、毎月メニューの更新時になると、近藤氏が原稿をファクスし、書家の高野氏が和紙に清書する。「おわん」のメニューは、料理人と書家によるコラボ作品なのである。
コの字のカウンターが印象的な内装デザインとなっている。カウンターの奥行きは75センチでゆったりと料理を楽しむことができ、椅子の肩幅は50センチ、座面の低反発加減も絶妙で、何時間座っても疲れることがない。お客様が滞在するフロアに比べ、カウンター内の床レベルが30センチ低くなっているため、腰掛けたお客様と、身長163センチの近藤氏の目線の高さがほぼ同じとなり、圧迫感がない。
珪藻土の自然色と柿色の暖簾による2トーンカラーが店をシンプルに彩る。お客様が荷物を収納できるニッチスペースが大きく設けられ、さりげなく飾られている漆塗りのおわんがアクセント。桂の木のカウンターにセットされる黒檀の箸。キッチン内部も機能的に設計されているためか、どの席に座っても落ち着く。音楽はトロトロと落ちる水の音のみ。緻密に計算されている空間だ。 「独立まで4店舗で仕事をしてきました。そろそろ独立だし、内装デザインについても考えないとなんて思っていた頃でした。その独立直前のお店で常連だった方が突然ですよ、〈これっ俺の仕事〉と見せてくれたのが、住宅のパンフレットだったんです。和風であたたかみがあって素晴らしいデザインだった。それでお願いして数ヶ月後〈おわん〉が現実となったのです。小西デザイナーとの出会いも、今振り返ると運命的ですね」
近藤氏が考える店主の心得
01 何よりも真面目な仕事をする
02 お客様の気持ちを先読みする
03 スタッフに数字をオープンにする
新しいオーナーシェフをつくるのが、これからの使命。
強く願えば現実になる。不思議な求心力でチャンスや人と出会ってきた近藤氏。今の願いは、自分の店から新しいオーナーシェフが巣立っていく事。
「うちでは原価率をスタッフに計算させているんですよ。月間売上、集客人数、利益、そうした数字をスタッフがしっかりと把握しながら仕事をしてもらっています。うちのスタッフは、〈今週の数字がこうだから、来週の仕入れはこうしましょう〉と、提案できる実力があります。今計画中なのが、独立後をリアルにシミュレーションできるもう一店舗の出店。そこに私は立ちません。オーナーシェフになったつもりで仕事をしてもらう最終仕上げのステージを提供してあげたいのです。そこから何人もの新しいオーナーシェフが巣立っていってくれたらすごく嬉しいですね」
今年35才になった近藤氏は、毎朝豆腐を仕込む。前職の仕事場の近くにあった豆腐店にアタマを下げ、深夜に豆腐のつくり方を修行させてもらった。その真面目な姿に共感した豆腐屋のおやじが豆乳を安定供給してくれることに。もう一品、季節の旬菜をお浸しにするのだが、そのトッピングはもちろん削り節だ。お客様に「いらっしゃいませ」と目を合わせ、タイミングよく鰹節を削り始める。シャカシャカと硬質なサウンドが小気味よく響く。カウンター越しにお客様の正面へ差し出すのは、心のこもったお通し、手づくり豆腐と旬菜のお浸しだ。お浸しの上では、ひらひらと削り節が揺れる。「いらっしゃいませ」と「ありがとう」。近藤氏にとって理想のお客様との距離感だ。 「鰹節を削るのは私の仕事、誰にも任せたくないですね(笑)」
おわん
住 所:東京都世田谷区池尻2-26-7 岡田ビル1F
電 話:03-5486-3844
定休日:日曜・祝日
時 間:18:00~24:00
交 通:東急田園都市線池尻大橋駅徒歩3分
文 高木正人 写真:yama
2007年08月23日 掲載